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シュガー&スパイス。お仕事に集中しましょう

 告白されて二週間。何度も仕事帰りに先輩に誘われて食事に行く。こんなにデートしていいのかと思ったけど、誘ってもらえるのは嬉しい。


 私達の変化に狩野さんは気づいてるはずなのに、何も言わない。むしろ……夜時間が作れるように仕事を調整してくれてる気もする。

 狩野さんの家に泊まったあの記憶は、本当に夢じゃないかってくらい変わらない。少しだけ変化した事は、狩野さんがアメリカンドックを食べなくなって、時々コンビニサラダを食べるようになったくらい。


「もう……着る服ないよ……」


 朝、鏡を見ながら溜息をつく。先輩がデートに連れてってくれるなら、せめてジーンズじゃなくスカートで……と、私の数少ないスカートを、ヘビーローテーション。毎日悩んで困ってる。

 最近先輩もデートだと張り切ってるのか、良い店に連れてってくれる。さすがにフレンチのコースと言われた時は断った。そんな高級な店に相応しい服なんて持っていません。

 今日は週末だから、ちょっと良いイタリアンレストランに行くって言ってたな。ヒール靴を履いて行こう。


「え……イタリアンでもコースってあるんですか?」

「フレンチよりカジュアルで手頃だけど」

「聞いてません。そんな高級な店じゃなくても……」

「古谷は欲がないな……そういう所も可愛いけど」


 クールな顔で可愛いと言われて照れる。詳しい給料は聞いてないけど、同じ職場ですし、うち給与面超絶ブラックですし、高給取りじゃないのわかるから無理して欲しくないな。

 今日の先輩は白いシャツの上に、グレーのカーディガンを羽織ってる。シャツ率があがったのは、先輩もデート仕様なのかな?

 残業は早めに終わってお店へ向かってのんびり歩く。以前は先輩がさっさと先に行って、慌てて追いかけてたけど、最近は私の速度に合わせてくれる。

 二人で歩いていたら、まるで温もりを求めるように、先輩が私に寄ってきた。デートを重ねる度に、どんどん距離が縮まってないかな?


「もう秋ですね……夜になるとちょっと寒い」

「大丈夫か?」


 そうい言いながら、大きな手がさりげなく私の手を包み込んでドキドキ。初めて手を繋ぐのに、余裕の穏やかな微笑。先輩のこんな笑顔初めて見た。こういう大人の余裕は、年齢の差か、恋愛経験の差か、かなわないな……。


 やってきたのは、落ち着いた内装のイタリアン。

 テーブル席にはランプが置かれ、料理が綺麗に見えるくらい明るいのに、店全体は少し薄暗くて、とても高級そうな雰囲気。

 イタリアンのコースって初めて食べるな。生ハムやチーズをメインにした前菜が5種、色とりどりの野菜と共に、どれも目に鮮やかだ。


「社会人になると年を取るのが早くなるって言いますけど、1年ってあっという間ですね。もう入社して半年もたってます」

「まだそんなだったっけ? もっとずっと一緒のような気がしてた」

「確かに……数年分くらいありそうな濃い半年でしたね」

「修羅場とかな」


 くすくす笑って、和やかで、幸せだな……と、素直に思う。

 楽しいおしゃべりをしながらの食事は美味しい。ワタリガニのクリームパスタはカニの風味がガツンと濃厚で、白身魚のバターレモン炒めがお口さっぱり。


「このままあっという間に年が終わりそう。クリスマスもそう遠くないですよね」

「俺はバレンタインを楽しみにしようかな」

「バレンタインにチョコが楽しみって可愛いですね」

「可愛いって言うなよ……」

「私は可愛い先輩が好きですよ」


 先輩は凄い嬉しそうな笑顔を浮かべつつ、ちょっと照れて目をそらした。耳まで赤い。今まで男しかいない職場だったから、職場の義理チョコでも嬉しいのかな?

 最後のデザートプレートは、苺のムースとレアチーズケーキにレモンのソルベ。食後に締めるにはぴったりの爽やかさ。

 でも流石先輩。それでは足りなかったらしい、追加でガトーショコラと、イチジクのチョコタルトと、オペラ。がっつりデザートを堪能してますね。しかもチョコづくし。


「これからイベント目白押しですよね。クリスマスに、バレンタイン……そういえば先輩の誕生日っていつですか?」

「今日」


 びっくりして思わずフォークを取り落とす。誕生日にサプライズってあるけど……これは違うと思う。


「そういう事は早く言ってくださいよ。プレゼント用意したのに……」

「もう貰ってるから良いよ。誕生日に一緒に食事って最高のプレゼントだと思うけど」


 上機嫌でにこにこそう言われて、耳まで赤くなりそうだ。いつもクールな先輩が、今日はずいぶん笑ってるな……と思ったら、そういう事だったんだ。

 一緒に食事なんていつもの事で、それなのにこんなに素直に喜ばれると、可愛くて悶えそうだ。


「明日は休みだし……もう少し一緒にいたい」


 食事が終わった後、そう先輩に甘えられ、二人で会社の近くを歩く事に。これも誕生日のおねだりですか?

 こんなささやかな事で喜んでもらえるなら嬉しい。


 明治神宮外苑にある、銀杏並木の道を二人でのんびりお散歩。綺麗に整えられた並木のシルエットがとても美しい。お昼休みに何度も通りがかるけど、立ち止まってのんびり見るのは初めてかも。

 まだ色づかないのが残念だ。来月にはこの道に黄色の絨毯ができて、もっとロマンティックだろう。

 私が銀杏を見上げ、紅葉の時期を思い浮かべていたら、せつない笑みの先輩と視線があった。


「やっぱり……誕生日プレゼント、欲しいな」

「何がいいですか? 今日はもう遅いから今度になりますけど、買いに行きま……」


 言いかけて抱きしめられた。細く見えて男らしい腕に包まれて、大きな手が私の頭を包み込む。

 先輩の顔が間近に迫ってじっと私を見つめた。先輩の綺麗な瞳を見続けると、心臓が壊れてしまいそうな気がして、思わずぎゅっと目をつぶった。

 そっと触れるだけのキス。わずか数秒の時間が、とても長く感じた。これが誕生日プレゼント?

 私は呆然としていたけど、徐々に恥ずかしさがこみ上げてくる。先輩も照れながら顔をそらした。


「ファーストキスって……ドキドキしました」

「俺もドキドキした。嬉しかったよ」


 初めてのキスは、甘いチョコの香りがした。甘いキスに酔うってこういう事なのかな?

 秋の風がひらりと青い銀杏の葉を落としながら、私達の頬を撫でて行く。火照った今の私達にはちょうど良い。


「寒い……な」


 そういいつつ先輩は自分のカーディガンを私にかけてくれた。先輩に包まれてるみたいで嬉しい。

 並木道沿いにあるベンチに二人で座った。繋がった手の感触だけで、とても満ち足りた気分がした。




 そんな甘い甘い時間を過ごしたからかもしれない。休み明けの月曜日、先輩も私もとても機嫌良く仕事した。

 嬉しすぎて、ちょっと浮かれすぎてたかもしれない。


「古谷さん、仕事に集中しようね」


 そう言われて自分の仕事を見直したら、ケアレスミスだらけ。うう……恋愛面で浮かれて仕事に支障をきたすなんて……反省。


「伊瀬谷君。デザインまだかな? 明日の打ち合わせに間に合うの?」

「す、すみません。今日中に終わらせます」


 うわー。先輩もやっぱり影響されてる。これは少し気を引き締めないと。と……いうわけで、しばらく2人で夕食はなしにした。


 伯母さんに紹介してもらった業界紙の仕事も始まって、聞いてた通り図やグラフの作成が多い。うう……原稿がExcelって、さすがビジネス系。一般的な会社ではこれが普通かもしれないけど、私は初めて触るし慣れるまで時間かかりそう。それにIllustratorのグラフ作成機能とか初めて使ったよ。


「グラフ作成機能で作った物をちょっと加工して……」

「あ……こっちの方が綺麗。ちょっとした工夫で違いますね」


 クールで真面目な表情から一転、だろ? ってにこっと笑う先輩にときめく。うん、こういう自信を持って仕事してる方が、プライベートで食事に行く時よりかっこいいな。


 先輩のデザインに、私の図やグラフが加わって完成した。固くて堅実なデザインで地味だけど、でも……かっこいいよね。業界紙だと一般に売ってないのが残念だな。これ売ってたら買いたい。


「デザインの大幅リニューアルは1年に1回だし、基本が決まれば後は毎回原稿内容に合わせて、調整しつつレイアウト……で、すむから月刊誌はいいね」

「そういえば……うちも語学雑誌の月刊誌ありませんでしたっけ?」

「あるよ。俺がいつも担当してたけど、そろそろ古谷に変わって貰っても良いかも」

「わ、私がですか?」


 新しい仕事を任せてもらえるのは嬉しい。


「これも1年に1回の基本デザイン更新で。前月までのデザインに、画像や文字を入れ込んでレイアウトして……」


 デザインはまったく違うけど、作業としては旅行雑誌と変わらないかな? レイアウトの勉強にはいいかも。ページ数少ないし。


「一番手強いのは中国語……だけど」

「え……?」


 同じ漢字の国と油断してた。日本語にない漢字も沢山ある上に、「簡体字」と「繁体字」という二種類の文字があって、さらに発音を表す記号のピンインとか……うわぁ……フォントの処理が面倒くさい。

 語学雑誌なだけあって、専門的な事が多いな……また勉強し直しだ、どこまでいっても覚える事にキリがない。でも頑張る!


「古谷さんやる気があるね。頑張ってるね。それだけやる気溢れるなら、もっと仕事まわそうか?」


 狩野さんの意地悪は丁重にお断りした。あの笑顔はちょっと意地悪だったもん。絶対冗談で揶揄ってる。いつからだろう……こういう意地悪な揶揄いが増えたのって……?

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