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共同作業

「急な仕事が舞い込んだんだけど、伊勢崎君と古谷さん、2人に任せてもいいかな?」

「私も参加するんですか?」


 先輩と思わず目を合わせて、首を傾げた。

 話はあのビジネス関連の業界紙を発行する、出版社からの依頼。その出版社のとある雑誌に、DIYに関する1Pコラムが連載されてて、それを纏めて一冊の本を作る企画があった。すでにフリーランスのデザイナーに頼んで、ある程度デザインもできあがった所で……そのデザイナーが急な事故にあって仕事ができなくなったらしい。


「すでに出版スケジュールが決まってて、時間はないし、中途半端にデザインもできてるから、うちに残りのデザインと、実際の制作を頼まれたんだ」

「それで……どうして私もなんですか?」

「これが元になったコラムの記事、これ……かなりイラストが大きいよね? ちょっとイラストの加工も必要になってくると思うんだ」


 ふむ……イラストが苦手な先輩だから、私も一緒にという事らしい。


「他の仕事はできるだけ私もカバーするけど、2人にもある程度やってもらいつつ……の同時進行。任せてもいいかな?」

「「頑張ります」」


 私と先輩の声がハモった。すごく特殊な依頼だけど、これが上手くいけば信頼してもらえて、さらに仕事が増えるかもしれない。とても重要な仕事に参加できるのが嬉しい。

 取りかかり初めてすぐ、先輩は壁にぶつかった。普段情報量ぎゅうぎゅうの旅行雑誌に慣れてるのに、今回の仕事はイラストが大きく、文章は少なく、空きスペースが非常に大きい……というあまりやらない仕事だった。しかも中途半端にできてるデザインを生かしつつというのが、難しいらしい。


「もう一からデザイン作る時間もないし、このデザインにあわせて他のページも……なんだけど、人が作った物だからな……勝手が違って困る」

「行き詰まってるなら、資料探しに本屋に行ってみたら? 古谷さんも一緒に」

「私も……ですか?」

「古谷さんの勉強にもなるし、伊瀬谷君も一人で考えるより、相談できる方がいいよね?」


 狩野さんのアドバイスに従い、定時であがって本屋に行く事になった。遅くなっても困らないように、できるだけ私の家に近い方……という事で向かったのは上野。


「先輩。DIY関連の本見つけました」

「こっちも元のデザインに近い本見つけた。文章量が少ないタイプのレイアウトも、参考に買いたいな」

「じゃあ、私は表紙デザインの参考になりそうなの探してきます」


 2人で手分けして、色々意見を出しながら、資料になりそうな本を購入。その後夕食がてらサイゼリヤに向かい、小さなテーブルに本を広げて打ち合わせ。

 夕食が冷めきる程に色々話して、なんとか方向性が定まった。


「古谷がいて助かった……」

「私なんかでもお役にたちました?」

「一人で考えるより、人に話すと整理できるし、自分の視点と違う意見もありがたい。普段なら狩野さんと一緒に考えるんだけど……いつまでも狩野さんに頼ってばかりもな」

「私もデザインの仕事で役にたてて嬉しいです」


 嬉しくて祝杯をあげたい気分だけど、明日も仕事。今日はお酒抜きで食事をした。頭を使いすぎたのか、先輩はデザート4個と、ドリンクバーで何杯もジュースをおかわりした。平常運転だ。


「そういえば……前に上野に来た事があったな」


 懐かしそうに目を細めながら、先輩がぽつりと呟いたので思い出した。あのデートもどきの後は、浮かれきってこのまま付合うのかな……なんて思ってたけど、仕事が忙しすぎてそんな気持ちはどこかに飛んでた。また上野に来たから、先輩も今更思い出したんだろうか?


「この仕事終わったら……また美術館に行かないか? ……二人で」

「……へ?」


 それってデート? それとも仕事? ぼんやりした先輩の表情からは、どちらなのかわからない。断る理由もないし頷いた。


 それから毎日終電帰り、時には泊まり込み……というくらい忙しかった。もちろん休日もない。先輩がデザインを考えている間に、私はイラストの加工に入る。

 狩野さんは2人に任せたから……と言って、最終チェックまで一切アドバイスをしなかった。


「とても良い本に仕上がったと思うよ。なんとか締めきりに間に合ったし、お疲れさま」


 狩野さんに褒められて凄い嬉しくて舞い上がる。出版社の担当さんも時間がない中で、納得のいく本にしてもらえてかなり喜んだようだ。また何か仕事があれば頼むとまで、言われたらしい。


「「乾杯」」


 土曜の仕事を早めに切り上げて、先輩と二人だけで飲みに行った。今日はオシャレなカフェレストラン。いつもの先輩ならチェーン店系を選びそうなんだけど……仕事の成功のお祝いだからかな?

 レモンの香りが爽やかなサーモンのカルパッチョも、パクチー風味の魚介の和え物も美味しい。あ……この鶏肉を焼いたの、クミンシードが効いてるな。バジルとニンニクのコラボのジュノベーゼパスタも良い。

 今日の先輩は白シャツを着ているし、ジーンズでなく黒のパンツだ。こんなラフじゃない服を着てるの初めて見たかも。いつもの狩野さんの服装に似てる気もした。

 先輩が嬉しそうに、でも躊躇いがちに言った。


「約束通り、これから美術館に行かないか?」

「もう夜ですよ? こんな時間に空いてる美術館なんてあるんですか?」

「あるよ。六本木ヒルズに」


 六本木ヒルズという場所が、かなりデートっぽくてドキドキ。

 いつもよりオシャレな店で、いつもと違った服そしてデートスポットに行く。これって仕事じゃなくデート? 


 初めて六本木ヒルズに来たけど、その美術館はかなり特殊な場所にある。ヒルズの五十三階の展望台にぐるりと囲まれた、中央に小さく存在していた。

 面白い企画だったけど、なにせスペースが小さい。あっという間に見終わった。ここの美術館は展望台の入場料も込みで高かったし、展望台を見ないともったいない。


「ついでに……夜景でも見るか?」


 私の顔も見ずにそっけなく先輩は言った。ついで……と言い訳しつつ、そわそわしてる。こっちが本命なのかな……とドキドキしつつ、夜景を眺める。


「綺麗ですね。あ、東京タワー。スカイツリーも見えるかな?」


 勝手に歩き回っていたら、後ろから手を握られる。驚いて振り向くと先輩と目が合った。

 窓の外の夜景より、先輩のまっすぐな瞳の方が綺麗だと思った。その瞳に縛られて目をそらせない。


「古谷の事が好きだ。俺と付合ってくれないか?」


 シンプルでストレートな告白が心に響く。どくん、どくん。鼓動がうるさい。息が止まるほど驚いた。


「……好きって……なんで私なんか」


 俯きかけた私の頬を両手で包んで上を向かせる、先輩はまっすぐに私を見て囁いた。


「好きになるのに理由がいるのか」


 真剣な表情と迷いのない言葉に、思わず言葉を失った。嘘も隠し事もできない先輩だからこそ、本気なんだって伝わってきて、ときめきすぎて呼吸もできない。

 私が無言でいたからかもしれない。先輩の瞳が不安に揺れる。


「俺じゃダメか。狩野さん程かっこよくないし」


 そういって寂し気に頬から手を話す。まるで迷子の子供のように不安そうな佇まい。

 そこで狩野さんを比較対象にする辺り、トラウマも重症だな。くすりと微笑してしまう。緊張が緩んでやっと息ができた。

 深呼吸して考える。先輩の気持ちはとても嬉しい。でも仕事が上手く行かなくなるのが心配で素直に頷けない。


「先輩がダメって事じゃないんですけど、私、お付合いした事がなくて」


 俯いて床を見ながら、ゆっくり話すけど、上手く言葉にできない。ぽんと頭に手を置かれた。


「ゆっくりでいいから、考えておいて」


 そう言われてほっとした


「送るよ」

「先輩の家反対方向ですし、終電が無くなっちゃう」

「俺がもう少し一緒にいたいんだ」


 それ殺し文句です。そんな気障な事言えちゃうんですね。プライベートの先輩凄い。

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