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好きの定義

 先輩が私を好き? ありえない、篠原さんの勘違い……と思うんだけど、元彼女の言葉だと思うと説得力がある。本当に好きなのかどうなのか、それは本人に聞いてみないとわからないけど、そうかもしれない……と考えたらどんな顔して会えばいいのか困る。

 ああ……こういう時少人数の職場って辛い。毎日顔を合わせて話して、避けられない。挙動不審になったらどうしよう。狩野さんには絶対バレる気がするけど、なんとか先輩だけでもいつも通りだと思ってもらえたらいいな。


 私は何度も深呼吸して、途中のコンビニでアイス珈琲を買って飲んだ。夏場のアイス珈琲は体に染みる。ちょっとクールダウンして顔を叩く。よし、いつも通り、いつも通りに仕事しろ、自分。


「ただいま戻りました」

「お疲れさま。古谷、イラストを頼みたいんだけど」


 そう言いながらいつも通りに私に近づく。先輩は何も変わらないと思うけど、私が意識しすぎて、なんだか先輩の表情が以前よりずっと柔らかく見える。


「古谷? 聞いてるのか?」

「は、はい! すみません。それでどんなイラストを」


「マダガスカルだから、動物のイラストを何点か。小さく使うからシンプルに、1色で頼む」

「マダガスカル……って、どんな動物がいるんですか?」

「ネットで調べてくれ」


 どこにある国かも知らなくて、調べてびっくり、野生の王国だな。有名な歌にでてくる猿、アイアイってここにいるんだ。か、可愛い。小さく、シンプルに、一色で……というのがとても残念だ。可愛い動物いっぱいだし、色々凝って描きたいな。

 よし……仕事に集中して、さっきの話は忘れよう。本人に告白されたわけじゃないし、わからないままで、今まで通り、先輩として尊敬すればいいんだし。

 そう思ってイラストの資料画像をネットで探しつつ、イラスト作成に入る。最近は小さくても見栄えのするイラストが、ぱぱっと作れるようになってきて嬉しい。出来上がりを見せたら一発OK。


「ん……良いできだ。助かった」

「イラストが入ると華やかになるよね。今まではイラストをあまり使わないデザインばっかりだったから、古谷さんのおかげでデザインの幅が広がったよ」


 狩野さんもイラスト描けるけど、私の方が上手いと言ってくれる。私のおかげでより良いデザインが作れるなら嬉しいな。よし、この調子で集中、集中。恋愛なんて忘れてしまえ。



 そう……集中したはずだった。でも忘れてた。金曜日は狩野さんが休みだ。1日先輩と2人きりじゃん。金曜日の朝、とても緊張しながら最初に来て掃除していた。

 1日2人きり……というシチュエーションはゴールデンウィーク前の、あの日以来だな。先輩と仕事帰りにデザインを見に行って、本屋によって……。またあんな事あるのかな?

 首を横に振って想像を振り払う。


「おはよう」

「おはようございましゅ」


 今ちょっと噛んだ? 変だな……とか思われたかな? 落ち着け自分。いつも通りの仕事だ。今日は定時であがれそうだし、土日は休み。とりあえず一日仕事に集中して乗り切れれば……。

 仕事の手を止めずに、何気ない雑談。そんな雰囲気で先輩がぽつりと言った。


「古谷。今日の夜、時間ある?」

「へ?」


 まだ仕事を初めて1時間くらい。いきなりこんなお誘いなんて……まさか。私はとっさに嘘をつく。


「今日の夜はお姉ちゃんと約束があって」


 週末夜にキャバ嬢が休みなわけないんだけど、バレバレの嘘に先輩は気づかなかったようだ。


「そうか……じゃあ、日曜日は?」


 日曜日って、休日ですよね? 休日出勤じゃないですよね? 休みの日にわざわざ会うなんて、完全にデートですよね。


「あ……あの、何か?」

「前にまた勉強で色々見に行きたいって言ってただろう? 上野で面白い企画やってるんだ。割引チケットもらったし一緒に行かないか?」


 これは後輩指導か、デートのお誘いか。私が沈黙して悩んでたら、先輩が仕事の手を止めて振り返った。


「大丈夫か? どうかしたか? 何か仕事のミスを隠してないだろうな……」

「隠してないです。何かあったら即報告します」


 うん、いつも通り、脳内が仕事モードだ。これならきっと、日曜日も後輩指導のつもりだろう。予定もなく、断る理由も無く。結局OKしてしまった。


 仕事上がり、すぐにお姉ちゃんにメールで泣きついた。だってこんな恋愛問題、親にも相談できないし、友達は在学中だってたいした付き合いもしてなくて、今更恋愛相談に乗ってくれる人など他に思いつかなかった。

 久しぶりに再会して、仲直りしたばかり……で、こんな甘え方は、都合が良すぎるかな……と思ったけど、お姉ちゃんはあっさりOK。仕事前で時間がないから、土曜日に会って話そうって返事が来た。


 土曜日の昼過ぎ、また渋谷でお姉ちゃんと会った。今度はおしゃれな珈琲専門店。コンビニの真下にある、ちょっと変わった立地だけど、中はおしゃれで落ち着いてて、スイーツも手作り感がある。美味しそうな珈琲の香りが漂い、メニューに何種類も珈琲があってどれを選んでいいのか迷ったくらいだ。

 お姉ちゃん……流石良い店知ってるな。すっかり紅茶より珈琲党になってしまった私には、この香りが落ち着く。良い香りの珈琲を一口飲んで、ほっとしながらぽつぽつ語りだす。


「萌にまた恋の相談してもらえるなんて嬉しいわ」


 お姉ちゃんはなんだかご機嫌だ。私がまた甘えてくれるのが嬉しいって、張り切ってる。狩野さんと先輩の過去のトラブルとか、色々話した上で、明日どうしたらいいのか……と、愚痴を零す。


「なるほどね……すごい状況ね。三人だけの職場で三角関係って怖いわ」

「三角関係って……まだそうと決まったわけじゃないよ。狩野さんは既婚者だし、先輩と私じゃ釣り合わないし」

「釣り合わないって……そんなに良い男なの? まあ……顔はかっこよかったけど、中身はどう? 狩野さんとどっちが上?」

「どっちが上……とも、言えないような……キャラが全然違うし」


 そこまで聞いてお姉ちゃんが溜息つく。


「あの狩野さんと比べて、どっちが上とも言えないって事は、かなり良い男なのね」

「うん……まあ、そうかな……。顔は綺麗だし、厳しいけど優しいし、鈍感なようでいて私の事よく見てるし、真面目で誠実で、甘いもの好きな所は可愛くて、可愛いって言ってもやっぱり大人の男の人だから、頼れるな……って思うし」


 色々話をしてたら、お姉ちゃんがふふふと笑った。


「笑わないでよ。真面目に話してるのに」

「ごめんごめん。だって、先輩として尊敬してるだけだって言うのに、凄い乙女な顔して褒めるんだもん。萌も先輩の事好きなのね」


 お、乙女な顔ってどんな顔? 思わず両手で頬に触る。熱いかもしれない。


「狩野さんと先輩の過去の話は、萌には関係ないし、萌が先輩を好きかどうかが重要でしょう。良い機会なんじゃない? 職場以外で会って話して。プライベートな顔を見たら、案外がっかりして、恋人とかないわーと、思うかもしれないし」


 ないわーって……先輩が? 私が? でも……確かに仕事人間の先輩のプライベートって想像できない。たぶん先輩も私のそんな姿知らないだろう。男として先輩が好きかどうかなんてわからないけど、1日出かけるだけ……付合うわけじゃなし。お姉ちゃんが言う様に本当に好きなのかどうか確かめる、良い機会なのかもしれない。


「そうと決まったら……洋服はこの前買ったので良いとして、メイクを自分でできる様に教えてあげるわ」

「メ、メイクって、そんな張り切ったら、変だし」

「大丈夫、大丈夫。張り切りすぎない、ナチュラルなの教えるから」


 お姉ちゃんに押し切られる様に、また109のトイレに。簡単にできるメイクテクをみっちり教わった。

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