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報告・連絡・相談

 休み明けの火曜日。ずっと悩んでたお姉ちゃんとの事も、だいぶ前向きな気持ちになれて、すっきりした。

 狩野さんには本当に迷惑かけたし、心配もしてるだろうから報告しないと……と、思うのだけど、先輩の前では言いづらい。

 狩野さんは何も聞かずにいつも通りの態度で仕事をしてる。きっと気になるだろうに、それが態度にでないのが大人だな。

 狩野さんが煙草休憩に行ってすぐ立ち上がる。


「すみません、先輩。ちょっと買いたい物があって、コンビニ行ってきてもいいですか?」

「ん……? いいよ。まだ急ぐ仕事ないし」

「ついでに何か買ってきた方がいいものありますか?」

「新作のチョコが何かあれば」


 相変わらずだな……と思いつつ会社をでる。1階エントランスで煙草を吸ってる狩野さんを発見。私を見て笑った。


「報告……かな?」

「はい。金曜日はご迷惑おかけしてすみませんでした」


 それから手短に日曜日の話をして、お姉ちゃんと和解できたと言ったら、心底ほっとしたという感じで喜んでくれた。態度に見せなかったけど、やっぱり気にしてくれてたんだ。


「よかったね」

「狩野さんのおかげです。勇気をもらえたので」


 お姉ちゃんと会った時、狩野さんが一緒じゃなかったら、すぐに逃げ出してた。狩野さんがお姉ちゃんとちゃんと話した方がいいって、言ってくれなかったら、お姉ちゃんと向き合おうと思わなかった。

 金曜日のお姉ちゃんへの大人の対応といい、狩野さんって本当に頼りになる大人の男って感じでかっこいい。もっと甘えたくなる。


「私が力になれたなら……嬉しいよ」


 狩野さんの大きな手がそっと私の頭に触れた。目を細めながら「本当によかった」と柔らかい声で呟いて頭を撫でる。そうやって優しく頭を撫でられると、嬉しくて私もにやけそうだ。

 狩野さんがすごい嬉しそうで、今までより狩野さんとの距離が、近づいた気がした。だから、手が離れていくのが名残惜しくて、思わず袖を掴んで見上げる。


「狩野さんも奥さんと仲直りできたらいいですね」


 とっさに笑顔を作り損ねた……そんな感じに固まって狩野さんが瞬きする。狩野さんの目が、悲し気に揺らめいた……気がした。そっと手に触れると、今日もやっぱり冷たい手。少し震えてる。


「私……狩野さんの、応援します。お姉ちゃんとの事、狩野さんのおかげですから」


 悲しみの色が消えていって、浮ぶ儚い笑み。ちょっと弱気なその笑顔に心が締め付けられる。まるで縋るように私の手をぎゅっと握ってから、今度こそ離れていく。儚い笑みがぱっと消えた。


「ありがとう。心強いよ」


 そう言って、にこりと余裕の笑顔。いつもと変わらない笑顔の仮面。ああ……またその笑顔でシャットダウン。狩野さんの心がまだ遠く感じた。




 狩野さんへの報告が終わってほっとしたら、一つ問題があった事を思い出す。狩野さんが外出中に仕事しながら先輩に話しかけた。


「あの……今度米沢さんが来たら、先輩代わりに出てもらえませんか?」

「米沢と何かあったのか?」

「ええ……まあ、当分顔をみたくないというか……」

「もしかして……アイツ、古谷のお姉さんに何かした?」


 ぎょっとした。お姉ちゃんの話は何もしてないのに、どうしてわかったんだろう。先輩が仕事の手を止めて、振り返って私の方を向いた。溜息一つ零して「やっぱりそうか……」と呟く。


「やっぱりって、先輩、お姉ちゃんと会った事あるんですか?」

「いや……その、まあ……」


 なんだか先輩の挙動が怪しい。じーっと見てたらとても気まずそうに目をそらしながら言った。


「前に……米沢に借りを作って、奢るって話しただろ。それで……新宿に飲みに行ったんだが……」


 ああ……あの綺麗なお姉さんのいる店で奢りって話か。先輩がそんな店に行くなんて想像もつかないけど、律儀に借りを返す所は先輩らしいな……と思ってひっかかった。新宿?


「まさか……その店でお姉ちゃんに会ったんですか?」

「似てるな……と思ったけど、他人のそら似かもしれないし、もし勘違いだったら失礼だろ。だから古谷に聞けなくて」


 ああ……納得。あり得ないけど、私が逆の立場でも言えない。先輩の妹さんってキャバ嬢ですか? なんて。


「で……米沢、お姉さんに何かしてるのか? 俺でできる事なら協力するぞ」


 とても心配そうに言ってもらって申し訳ない。米沢さんはムカつくけど、別にお姉ちゃんに何か悪い事してるわけでもないしな……。


「いえ……姉の事は大丈夫です。むしろ気が合うんじゃないですか? あの2人」


 私の事連絡取り合うくらいだし。まあ……客とキャバ嬢以上の関係とは思えないけど。


「お姉さんが騙されてるとか」

「それはありません。姉は……ああいう仕事ですから、男の人の扱いは上手いですし」


 改めて、会社の先輩に姉はキャバ嬢ですって言うのは、恥ずかしいな。


「姉は大丈夫ですけど、私がちょっと……米沢さんにムカついた……というか」


 先輩はほっとしたような顔をして、私の頭をぽんとした。


「お姉さんが大丈夫ならよかった。事情はよくわからないけど、今後は俺が対応するよ。プライベートで会う機会があれば、代わりにぶっとばしとく」


 先輩の言葉に思わず笑って、遠慮なくぶっとばしてくださいと答えた。




 数日後。篠原さんの所へ原稿を届けに行く機会があった。前にうちの会社で打ち合わせした以来。まだ私と先輩の関係疑ってるのかな? もし聞かれたら、ただの先輩後輩だって言おう。


「届けてくれてありがとう。持っていって貰いたい原稿があるの。すぐ用意するから座って待っててもらえるかしら?」


 篠原さんにニコリと笑われ、部屋にお邪魔した。綺麗に整頓された部屋。リビングはオフィス兼用みたいで、ちょっとうちの会社に似てる。ただ……観葉植物が飾ってあったり、さりげなくオシャレな小物が飾られてたり、女性的な雰囲気がする。

 ふと、思う。ここに先輩も来たりするんだろうか? 4年もたってるし、引っ越してる可能性もあるけど、最近遊びに来たりとかあるかもしれないしな……。ここに先輩の気配が残ってるかもしれない。そう思うと、気になってそわそわ部屋を観察してしまう。篠原さんが珈琲を持って戻って来た。


「よかったらどうぞ。ミルクや砂糖は?」

「ブラックで大丈夫です。慣れました」

「慣れるわよね……仕事的に」


 あははと明るく篠原さんは笑った。こういう気さくな雰囲気好きだな。手早く書類を纏めつつ、こちらも見ないで話しかける。


「狩野さんに話聞いた?」

「先輩が……昔の彼女の事で、狩野さんと色々あった事は……」

「そう。それじゃあ……もう一度聞くけど、古谷さんは伊勢崎君の事好き?」


 くるっと振り向いた篠原さんの顔は笑ってなかった。とても真剣な問いに、私はまっすぐ答えた。


「先輩として尊敬してます。でも恋愛感情はありません」


 きっぱり言い切ったのに、なんだか篠原さんが悲しそうに見えた。纏めた書類を封筒に入れて差し出される。受け取った時に、頭をぽんっとされた。


「この前……伊勢崎君、こんな事してたわよね。よくされるの?」

「そ……ですね。時々」


 篠原さんの目がせつなげに揺れた……気がした。


「伊勢崎君は、好きな娘にしか触れないわ。本人無自覚かもしれないけど、古谷さんの事好きなんじゃないかしら」


 それは特大な爆弾投下だった。

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