メランコリーな日曜日
金曜の夜、あまりに色々ありすぎて、私の気持ちの整理がつかない。土曜日は一日家でぼーっとしながら考えた。
米沢さんには腹が立った、いつの間にお姉ちゃんと仲良くなってたのか。昨日は全然態度も変わらなかったのに。取引先だから無理だけど当分顔を合わせたくない。
お姉ちゃんの事を考えると溜息がこぼれる。約束したから明日は会わなくちゃいけないけど気が重い。昨日は酔ってたのと、突然でパニックになってたから、感情的になってしまった。
冷静に考えると、6年会わなかったんだもの。狩野さんの事良く知らなくても当然だ。それで既婚者の上司と2人で飲みに行って酔っぱらう……というのは、問題だったかもしれない。お姉ちゃんは本気で私の事心配して、だから機嫌が悪かったのかな?
でも……昨日のいかにもキャバ嬢って感じの、お姉ちゃんの姿は見たくなかった。私の理想のお姉ちゃんの想い出が台無しになってしまった気持ちで。明日……どんな姿でやってくるのかな……。
日曜日。渋谷のハチ公前、約束の時間は午前11時。
でも気が重くて約束の時間より10分遅れて行った。まだ……お姉ちゃんと向き合う覚悟ができなくて、迷っていたけど、狩野さんに背中を押された事、思い出して勇気をだす。手遅れになる前に……逃げちゃダメだ。
恐る恐る待ち合わせ場所でお姉ちゃんの姿を探し、その姿を見てほっとした。
今日はストレートのロングの髪をそのまま下ろし、コンサバ風の上品なオフホワイトのサマーニットとブルーの涼し気な膝丈スカート。メイクもナチュラルで、昨日の派手なメイクより綺麗に見えた。お姉ちゃんも私を見つけて嬉しそうに笑う。
「萌……よかった。だいぶ怒らせてしまったから、来てくれなかったらどうしようって、思ってたわ」
「約束……したから」
まだ気持ちがついて行かなくて、上手く言葉がでてこない。でも……お姉ちゃんは気にせず、嬉しそうに私の手をとって歩き始める。昔はこうして手を繋いで歩いたな。一緒に遊んでとても楽しかった想い出が懐かしくて、少しだけ緊張がほどけた。
「萌……オムレツ好きだったわよね」
そうお姉ちゃんが言ってオムレツ専門店に連れていってくれた。6年ぶりだというのに、私の好みも覚えててリードしてくれるのが嬉しい。
席に向かい合わせに座って、ぎゅっと手を握りしめる。何から話したらいいのかな……。
「一昨日はごめんなさい。態度悪くて。ちょっと狩野さんに嫉妬しちゃったのよね」
「嫉妬……?」
意外な言葉に思わず姉の顔をじっと見たら、ちょっと拗ねた様に口を尖らせていた。
「だって……6年ぶりの再会だっていうのに、顔を合わせてすぐ、私より狩野さんに甘えている様に見えたもの。それだけ信頼してるんでしょう? 悔しかったの」
子供っぽい拗ね方に、少しだけ戸惑ってから微笑した。お姉ちゃんってこんなに可愛かったっけ? もっと大人なイメージだったけど、6年の間にお互い変わったんだな。
お姉ちゃんが優しく色々話しかけて、一昨日よりも少しだけ素直に、ぽつりぽつりと言葉を返す。グラスを持つ手には凝ってて綺麗なネイル。これお姉ちゃんが自分でやったんだ。これを仕事にしようとしてるんだ。そう思うと嬉しくなった。美的な仕事という共通点に親近感がわく。
「狩野さん大人だったわね。私のあの態度にも冷静に対応してたし」
「そうなの、凄いの」
思わずすぐに返事して、またお姉ちゃんが拗ねた。
「狩野さんの話になると、途端に嬉しそうよね……やっぱり灼いちゃう」
「えっと……狩野さんや先輩とずっと一緒で、とても尊敬してて、だから……」
私がもごもごしてると、お姉ちゃんは目を伏せて囁いた。
「ごめんね。私が悪いのよね。6年前、何も言わずにいなくなって、そのままずっと会わなかったんだもの。今一緒に過ごしてる人の方が仲が良いのは、当然よね」
お姉ちゃんがとても寂しげに佇んでて、それがとても綺麗で儚げで、触れたら壊れてしまいそうな気がした。ああ……私も傷ついたけど、お姉ちゃんもずっと辛かったのかもしれない。そんな当たり前の事が6年たって今更わかった。
「どうして……あの時出て行ったの?」
「……ごめんなさい。もう少しだけ待ってもらえる? まだ……話す勇気ができないの。萌を傷つけそうで」
ちょっとがっかりした。でも……私を傷つけたくないって思って躊躇うなら、もう少しだけ待とう。
トロトロのオムレツを食べながら、私は少しづつ近況報告を続け、お姉ちゃんはそれを嬉しそうに聞いてた。そういえば……メールでお姉ちゃんは色々近況を教えてくれたけど、私からはろくに話しなかったな。心配してたのかもしれない。
「仕事忙しくて大変ね。体調崩したりしないの?」
「う……ん。今の所風邪引いたりとかもあんまりないかな。丈夫なのが取り柄かも」
けろっと答えるとお姉ちゃんがくすくす笑う。お姉ちゃんが笑うのが嬉しくて、面白かった仕事の話を続け、さらに笑われて、随分和やかな空気になった。
「仕事が楽しいのね。それなら忙しくても仕方が無いわ。好きな事を仕事にするなら、無理もできるし」
「お姉ちゃんも無理してるの?」
「今は……週末の金・土だけ夜の仕事をして、平日昼間はネイルサロンで修行して、夜は自宅で練習して……こんな風にのんびり食事できるのは久しぶり」
お姉ちゃんも忙しい毎日なんだな。自宅でも勉強してる所が共感できる。仕事なんだし忙しくてもしかたないじゃんって思うけど、お父さんやお母さんは嫌な顔するし。
「ねえ……この後買い物に行かない? 久しぶりに洋服を選んであげる」
「え……あ、あの、嬉しいけど、私そんなにお金持ってないし」
「今日はプレゼントするわ。一昨日態度悪かったお詫びをかねてね」
昔はよくお姉ちゃんが洋服を選んでくれて、それがどれも私にぴったりで嬉しかった。おしゃれしたいな……って思ってたし、お姉ちゃんが選んでくれるなら絶対はずれないし、嬉しい。でもまだくすぐったい。
「職場が青山や表参道とか、大人の街だから……そういう場所に似合う服がいいな」
「任せなさい。ちょっと大人っぽく綺麗めに……ね」
私が遠慮するから、できるだけ手頃な価格の物から選んでくれる。色々歩き回って選んで、買った物を109のトイレで着替えてみる。化粧品まで買ってくれて、ものすごく久しぶりにメイクした。
「どう?」
鏡にお姉ちゃんと並んだ姿に驚いた。昔はお姉ちゃんの方がずっと美人で、似てない姉妹……って思ってたのに、鏡の中の2人はとてもよく似ていた。
「萌は素材が良いんだから、磨けば光るのよ。忙しくて時間ないのでしょうけど、女の子の気持ち、忘れちゃダメよ」
お姉ちゃんが茶目っ気あふれる微笑を浮かべてウインクする。敵わないと思ってたお姉ちゃんにちょっとだけ近づけたかな? 狩野さんや先輩と並んでも、多少はおかしくないくらい、大人になれたかな?
ヒールの高い靴は履きなれないけど、これも大人になる事だと思ったら嬉しかった。




