嬉しい知らせ
原稿届けに行った帰り道、コンビニによって食料を買い込んだ。新商品のカフェフラッペが出てたので、思わず買ってウキウキ気分で帰る。
「ただいま戻りました」
靴を脱ごうとして気づく女性物の靴。お客さん?
「古谷さんお疲れさま。お邪魔してるわ」
「篠原さんお疲れさまです」
篠原さんとの打ち合わせの日だって忘れてた。挨拶してすぐに篠原さんと先輩は、打ち合わせに戻る。先輩が打ち合わせする所を初めて見るけど、リラックスしながら無駄話もなく話が進む。相手が篠原さんだと、やっぱりやりやすいのかな?
狩野さんにアメリカンドックとおにぎり2つを渡し、先輩のデスクにブリトーと菓子パン、それにチョコを何種か置いた。先輩は新商品や期間限定のチョコに弱い。だから私も見かける度につい買ってきてしまう。チョコは冬に新商品が多いけど、最近は夏チョコも流行ってて、風変わりな新商品あるよね。
打ち合わせの途中、先輩が立ち上がってデスクに何かを取りにくる。その時買ってきた物に気がついたようだ。打ち合わせに戻る際、デスクに座る私の頭にぽふっとして「ありがとな」と言いテーブルの前に座った。
最近先輩このぽふっが増えたな……嬉しいけどくすぐったい。
「伊勢崎君と古谷さん仲が良いわね」
「後輩だしな」
先輩はさらっと受け流してたけど、私はドキドキした。篠崎さん、私と先輩との仲疑ってるのかな……。一度仕事帰りに2人で出かけた事はあるけど、あれは後輩指導って感じだったし、恋愛に発展する要素なんて無いと思うんだけど。
打ち合わせが終わって立ち上がり際、ちらっと私を見た気がした。
「ねえ……伊勢崎君、今度飲みにいかない?」
「それ仕事?」
「ううん。友人として」
「考えとく。また連絡するよ」
またって……プライベートでもよく連絡取ってるのかな? なんだか自然体に仲よいし。今は友人なんだよね? 篠原さんも心配なら、先輩とよりを戻せばいいのにな……。2人ってお似合いな感じだし。
数日後、いつもの仕事中。でも今日の社内は、そわそわ落ち着かない雰囲気だった。今日伯母さんが来てパンフレットのデザイン案を見せる。次の仕事がもらえるかどうか、重要な日だからだ。
約束の時間に伯母さんはやってきた。私も緊張しながらお茶をだす。身内なのに取引先って……なんだか複雑な気分。先輩と篠原さんもこんな気持ちなのかな?
狩野さんが2種のデザインを見せながら説明し、伯母さんも質問しつつ確認する。
「では……こちらの原稿を持ち帰って、社内で検討致します。後日またご連絡しますね」
「よろしくお願いします。ご連絡お待ちしております」
そっか……伯母さんの一存で決めるわけじゃなくて、社内で検討するんだ。今日結果がわかるかと思ってたのに、ちょっと残念。
「そうだわ。取引先への紹介の件。先方にお話進めてよろしいかしら?」
伯母さんの不意打ちに狩野さんも驚いて少しだけ震えた。
「是非お願いします」
狩野さんが深く頭を下げた。
「パンフレットどちらもとても良くて、甲乙付け難いくらい。お仕事お願いしてよかったわ」
伯母さんがにっこり笑ってそう言うので、私までにやける。2人の仕事を認めてもらえて嬉しい。
「萌……ちょっと」
伯母さんに呼ばれて一緒に部屋をでた。2人に内緒の身内話かな?
「今ちょっと仕事が忙しくて時間が取れないのだけど……今度一緒に食事しましょう」
「うん。私も仕事に余裕があれば大丈夫だよ」
そう言った後、突然伯母さんが私を抱きしめた。
「お、伯母さん? どうしたの」
伯母さんの声が少し震えてた。
「唯から……連絡が来たの。萌のおかげだわ。ありがとう」
私もはっと驚いた。お姉ちゃん……伯母さんに連絡してたんだ。私が少しでも伯母さんの役にたったなら嬉しい。
「もしかして……それで取引先紹介してくれるの?」
伯母さんがゆっくり離れて苦笑した。
「あのね……萌。私だって身内の身びいきだけで紹介なんてしないわ。下手な会社紹介したらうちの会社の信用にも関わるのよ。紹介するのはちゃんと実力があるって思ったからよ」
自分の甘えた考えに恥ずかしくて俯く。そうだよね……伯母さんにとってもこれは仕事なんだ。
「あの子綺麗になってたわね」
びくっと身が震える。お姉ちゃんに会ったんだ。私はまだメールしかしてない。でも頭の中の想像は派手なキャバ嬢の姿で、そんなお姉ちゃんを伯母さんは見たんだろうか?
「お姉ちゃんに会ったんだ。どうだった? 派手なメイクとかしてたり……」
「そんな事なかったわよ。上品なOL風な感じで。ネイルだけ凝ってたけど、ネイリストの勉強中で練習なんだって言ってたわね」
流石にキャバ嬢やってるなんて伯母さんには言わないか。上品なOL風のお姉ちゃんを想像して少し安心した。それは記憶の中のお姉ちゃんにとても似合ってたから。
その日お姉ちゃんにメールした。伯母さんと会ってくれてありがとうって。すぐにお姉ちゃんからも返事が来た。
『萌にも会いたい』
今まで何度かメールのやりとりはしてたけど、会いたいって言われたの初めてだ。意地はらずに会った方がいいのかな……と思いつつ、まだ躊躇う気持ちもあって結局返事ができなかった。
それから伯母さんが紹介してくれた取引先との打ち合わせも進み、10月から新しい仕事が始まる事になった。うちの会社が担当するのは、雑誌の中の10ページ程度で、それほど大きな仕事ではないけれど、ページ単価はいつもの仕事より高いらしい。
「図やグラフが多くなるから、古谷さんに色々頼む事が増えそうだよ」
「私が役に立つなら、頑張ります」
「最初の基本デザインどうします? 狩野さんがしますか?」
「伊勢崎君に任せるよ」
大事な仕事を任せると言われて先輩も嬉しそう。新しい仕事が決まったお祝いだって、週末飲みに行く事になった。それ程暇じゃなかったから土曜の休日出勤の後なのだけど。
狩野さんが「今日は肉が食べたい」って言うから、お店は手頃な価格の焼き肉屋さん。狩野さんも上機嫌だな……。よかった。
「8月のお盆はまた忙しくなるかもしれないし、10月は新しい仕事が始まるから、その前も慌ただしい。余裕があるのは7月までかな……」
お盆もゴールデンウィークみたいな修羅場になるのかな……想像しただけで憂鬱だ。
「今年は古谷さんのおかげで仕事も余裕があるし、7月に夏休みとろうか」
「夏休み? そんな余裕うちにあるんですか?」
先輩は信じられないという顔で聞き返す。
「まあ……夏休みって言っても、交代で平日1日。土日と組み合わせれば三連休ってくらいだけど」
三連休で夏休み……って言えるんだろうか……と思ったけど、先輩は「三連休って正月以外にも存在したんだ」なんて呟いてた。飼いならされた社畜にとって、三連休は絶滅危惧種らしい。
色々相談して、先輩が最初に金曜日に休んで、次の月曜日に私が、その後の金曜日に狩野さんが休む事に決まった。
「せっかくだから久しぶりに実家帰ろうかな……」
「先輩の実家ってどこですか?」
「茨城。ギリギリ通えなくもない距離だけど、通勤が辛いし、終電早いし……だから都内で一人暮らししてる」
なるほど……。意外に近いな。私は千葉だし親近感がある。千葉と茨城はお隣さんだから、地元話で盛り上がった。
「狩野さんは?」
「滋賀だよ。3日間の休みで帰るにはちょっと遠いね。それより温泉とか行きたいな。日頃の疲れをリフレッシュで」
「温泉良いですね。泊まりは費用的に厳しいけど、私もスーパー銭湯くらい行きたいな」
夢の三連休の話でわいわいしつつの焼き肉。美味しかった。




