表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/72

感謝の気持ち

 伯母さんと一緒に表参道までランチにいった。奢ってくれるっていうし。狩野さんに「ゆっくりしておいで」とにこやかに送り出されたので、遠慮せずのんびりする事に。

 歩く途中のショーウィンドウを見て、ついでにお洋服も買ってあげようか? とまで言われたけど、それは流石に断った。確かに……表参道を歩いても恥ずかしくない服は欲しいんだけどね。


 久しぶりに伯母さんと会ったので、近況とか、親戚の話とか、結構色々話した。伯母さんの顔が明るくて、楽しそうなので、私もちょっと甘えてしまいたくなる。お母さんより断然好きだな。本当に伯母さんの娘だったらよかったのに。

 話してる時、ふと気がついた。伯母さんは私の仕事知ってるし、お姉ちゃんとも仲がよかった。もしかして伯母さんとお姉ちゃん連絡取ってて、それでお姉ちゃんは私の仕事の事知ったのかな?

 それで気楽な気分でお姉ちゃんの話をしてしまった。


「志津子伯母さん、お姉ちゃんと連絡取ってるんですか?」


 それまでにこやかだった伯母さんの顔が、様変わりした。時が止まった様に表情がこわばった後、少し青ざめて俯く。


「家出した後は……何も連絡は無いわ。無事なのかどうかもわからなくて、本当に心配なの」


 これ伯母さんの地雷だった? と内心焦る。うちの両親よりショックが大きいんだけど。


「本当にあの子には申し訳ない事をしたから。もし会えるなら謝りたいの……」


 今にも泣き出しそうな、そんなせつない表情でぽつりと呟く。申し訳ない事って何だろう? 伯母さんとお姉ちゃん、何かあったのかな?

 何かあったの? と聞いても言いにくそうに口をつぐんでしまう。

 両親にお姉ちゃんと会いたいか? と聞いた時、沈黙して会いたいとも言わなかったけど、伯母さんはとても会いたがってるんだな……というのはわかった。

 この前のメールの件で、お姉ちゃんが怖くなったけど、伯母さんには仕事の面でもお世話になってるし、こんなに落ち込んでる伯母さんの事どうにかしてあげたい。


「あの……実は、お姉ちゃんからたまにメールが来るんです」


 伯母さんは慌てて顔を上げて、私の目をまっすぐ見た。それから目を潤ませて微笑む。


「無事なのね……よかった。そうね……貴方達は仲がよかったし、唯は萌の事、とても可愛がってたから心配してるわよね」


 嬉しそうに頷く伯母さんを見てると申し訳なくなる。お姉ちゃんのメールを無視せずに、もっと早く伯母さんに教えてあげればよかった。


「私……あまり返事しないんで、確実じゃないけど、伯母さんの話、お姉ちゃんにメールしてみます」


 伯母さんは本当に喜んで、私の手を握って、ありがとうって何度も言ってくれた。それがせつなく私の胸をうつ。伯母さんがこんなに気にしてるのに、お姉ちゃんを避ける私って冷たい人間なのかな。


 その日の夜お姉ちゃんにメールした。伯母さんが会いたがってる。謝りたいって言ってたよ、連絡してあげてって。数日待ってみたけど何も返事は無かった。伯母さんに期待はずれさせちゃったら可哀想だな……。しばらくメールの返事をしなかった私が悪いんだけど。


 パンフレットの仕事自体は、それほど難しい物ではない。でも次の仕事に繋がる重要な仕事だったし、2人のやる気溢れる雰囲気が眩しかった。

 まあ……いつもの仕事は、酷い無理ばかり言われる割に、どんどん値段は下げられるし、モチベーション保てないもんね。私も2人の仕事に混じってみたかったけど、手伝える事はなくて、私にできる事はいつもの仕事を自分のできる範囲で頑張るだけだ。

 いつかは2人と一緒に、デザインの相談ができるようになったらいいな。今は目の前の仕事を頑張ろう。



「そろそろ締め切りの時間だな。入稿準備は間に合いそうか?」

「全部チェックしました。大丈夫です」


 今日も平常運転で徹夜明け。よれっとしつつ封筒の中身を確認し、時計を見る。今日は余裕で間に合うかな? とほっとする。


「あ……データ1個入れ忘れてる。古谷、USBメモリ貸して。今からデータ入れ直すから」

「はい。わかりました」


 危なかった……徹夜明けって集中力切れてミスしがちだよね。その時玄関のチャイムが鳴った。あれ? 予定よりちょっと早いな……と思いつつ玄関に出る。


「日鈴印刷の営業の米沢です。原稿を受け取りにきました」

「お疲れさまです。早いですね。急ぎの原稿ですか?」

「お疲れさまです。いえ、余裕はあるんですけど、近くでもう1件寄ってきたばかりで時間が空いてたので、早めに来てしまいました。早すぎてすみません」


 にこっといつもの営業スマイル。今まで切羽詰まった状況で会う事が多かったから、この笑顔にいらっとする事もあったけど、今日は余裕があるので大丈夫。


「今日はもう原稿できてますよ」

「早いのはありがたいですね、伊勢崎君、調子はどう?」


 原稿を取りに行ってちらりと先輩を見る。米沢さんと顔会わせたくない……という感じで、デスクに向かって仕事してて米沢さんの声を無視してる。

 私が原稿を渡したら、米沢さんは苦笑してる。


「伊勢崎君に嫌われちゃってるな」

「それはそうですよ。あんまり揶揄うから」

「僕なりの愛情表現なんですけどね。確かに受け取りました。お疲れさまです」


 かなり嫌な愛され方だな……。いつもの如く、米沢さんは軽い調子で帰って行く。締め切りが終わってほっと一息。

 徹夜慣れしたのかな……疲れてるけど仮眠しなくても仕事できそう。とりあえず珈琲を飲もう。三人分の珈琲を入れて渡し、自分のデスクに戻ろうとした時、視界の隅にテーブルが映った。

 あれ……こんな所にUSBメモリ。なんだろう……? そう一瞬思ってから気づいて青ざめた。


「か、狩野さん、これ」

「さっきの原稿に入れ忘れ?」

「最後にデータ入れ直した後封筒に入れてなかったか……俺のミスだ、すみません」


 私も原稿渡す前に確認漏れだ。ど、どうしよう。狩野さんがすっと名刺入れから米沢さんの名刺を差し出して。


「古谷さん、これで、日鈴印刷さんの住所わかるよね? 追いかけて届けてくれる?」


 その名刺を受け取って私は慌てて会社を飛び出した。スマホで地図を確認しつつ向かったが、初めての所だし慌ててたしで少し道に迷って、到着が遅れた。

 日鈴印刷について、米沢さんのいる部署まで来て、突然怒鳴り声が聞こえてびっくりする。


「米沢! データが足りないぞ! 何やってんだよ。こっちは印刷機止めて待ってたんだからな」

「申し訳ありません。すぐに取りに戻ります」


 怒鳴られながら、何度も頭を下げてる米沢さん。とても申し訳ない。


「す、すみません! 狩野デザイン事務所の古谷です」

「あ、古谷さん。もしかしてデータ届けてくれたの?」


 米沢さんが私の顔を見てほっとしたように溜息をもらす。私からUSBメモリを受け取ってすぐに担当の人に渡して謝罪してた。私達のせいであんなに怒鳴られて、申し訳なさで一杯で謝らないと帰れない。


「米沢さん、本当にすみませんでした。うちのミスなのに米沢さんがあんなに怒られて……」

「大丈夫。怒鳴られるなんていつもの事ですから。気にしないでください。今日は余裕があったし、届けてもらえて助かりました」


 私に怒ってもしょうがない状況なのに、いつもと変わらずけろっと笑ってる。懐が深いのか、神経が図太いのか、ある種尊敬する。


「それよりも……また目が赤い。寝不足ですか? 大丈夫かな。早く帰って休んだ方がいいんじゃ」

「だ、大丈夫です。徹夜はなれましたから」

「慣れますよね……この業界にいると。あ……そういえば、前に表参道で狩野さんと一緒にランチしてませんでしたか? 野菜レストランで見かけたんですけど」

「へ?……ええ……行きましたね。外食ばかりで栄養が偏るから、たまには野菜をって……あの時店にいたんですか?」

「はい、いました。凄い偶然ですね。僕もたまに野菜食べたくなって、ああいう店行くんですよ。珍しい野菜が面白いですよね。アイスプラントとか好きだな」

「ああ……あのぷちぷち食感がたまりませんよね」


 米沢さんが財布からショップカードを取り出した。


「これ、新宿の店ですけど。オーガニック野菜のレストラン。ここはコースだとサラダバー食べ放題なんです。アイスプラントもありますよ。よかったら今度行ってみたらどうですか?」

「あ、ありがとうございます」


 にこにこと人好きのする笑顔で見送られて会社に戻った。

 謝罪するつもりが、気遣われた上に、いつの間にか世間話で盛り上がって……凄いコミュ力だ。流石営業。先輩がいないせいか、意地悪に揶揄われる事も無く、楽しくおしゃべりが弾んだし。そんなに悪い人でもないのかな……?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ