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憧れと劣等感

 翌日、狩野さんはいつもと変わらず仕事をしているように見えた。でも私はモヤモヤしたままだ。私と先輩が付合うなんて想像できない。でも……会社が上手く行かなくなる可能性があるというのは、聞き捨てならない。

 キツくても、給料安くても、三人での仕事は楽しくて、居心地が良くて、こういう関係がずっと続いて欲しい。


 先輩……どうして狩野さんと2人で、仕事しようと思ったのかな……。モヤモヤしたままじゃ仕事に集中できなくて、狩野さんが打ち合わせで外出した時に、仕事しながらさりげなさを装って先輩に聞いた。


「先輩。どうして狩野さんと2人で仕事しようと思ったんですか? 狩野さんは良い人だけど、仕事キツいし給料安いじゃないですか」

「確かに……待遇は前の会社の方がよかったよ。でも上司が最悪だった。ミスして怒鳴られるなんてまだ良い方で、自分のミスを部下のせいにしたり、部下の手柄を横取りしたり。やりたい放題でな」


 うわ……酷い。そんな所じゃ、私も条件よくても仕事したくない。


「狩野さんは一生懸命、皆のフォローしたり、庇ったりしてたけど、狩野さんも上司には逆らえないし、限界がある。どうしても理不尽に耐えきれなくて辞めてく人も多かった。きっとそれに狩野さんも耐えきれなかったんだろうな。あの人責任感強いし、誰かが辞める度に酷く落ち込んでた」


 狩野さんらしいな……上司が悪いんだし、一生懸命頑張ったのに、自分のせいだってきっと思っちゃったんだろう。自分が傷つくより、守れない方が辛いんだ。


「狩野さんが独立するって聞いて、すぐについて行こうと思った。狩野さんなら絶対良い上司になると思ったし、憧れてたから。あの人の力になれたら嬉しいって」


 そこで聞き逃しそうな程小さな声でつけたした。「あの人に勝てる要素なんて一つもないけど」と。

 それを聞いて私は先輩の気持ちがわかる気がした。私も同じだったから。

 子供の頃、お姉ちゃんは私の憧れで自慢だった。自分でもお姉ちゃんには敵わないと思ってたけど、やっぱり姉妹だと比較される。お姉ちゃんの方が美人だとか、お姉ちゃんの方が頭が良いとか言われると落ち込む。でもそれはお姉ちゃんが悪いわけじゃないし、他人にそんな事言われても、やっぱりお姉ちゃんが好きだった。

 先輩もきっとそうなんだ。狩野さんに劣等感を持ちつつ、それでも憧れて一緒に仕事してる。そういう劣等感を感じさせずに仕事ができるのは大人だな……って思う。


「あのさ……古谷ってお姉さんいる?」


 唐突な質問に言葉を失う。お姉ちゃんの事思い出しただけで嫌な気分になって、言いたくなかったが、この程度の会話で黙る方が不自然だ。


「姉が……いますね。先輩も兄妹いるんですか?」

「妹がな」


 先輩の妹さんって、相当の美人じゃないかな? 好奇心が沸いてくる。


「妹さんって先輩に似てます?」

「似てない。うるさくて、ワガママで、生意気で……何度はったおそうと思った事か」


 その後もぶつぶつ妹さんの文句を言ってたけど、仲が良いからこそ言える悪口って感じで、微笑ましくてくすりと笑ってしまう。

 わざわざ振り向いて笑うなって言う姿が、拗ねてるみたいで可愛い。


 狩野さんの気持ちと、先輩の気持ち、両方聞いて2人が互いを信頼しているんだな……ってよくわかってほっとした。私と先輩がつきあうなんてありえないし、篠原さんの取り越し苦労だ。きっと。



「古谷さん。そろそろデザインの仕事やってみようか」


 そう言って狩野さんは私に一つ仕事を任せてくれた。単独の1Pコラムのデザイン。原稿は文字だけ。すごくシンプルだ。


「イラストを入れるか入れないかも好きにしていいし、かなり自由にやっていい。ただ俺のデザインした他のページと浮きすぎるのも困る」


 地図とかイラストとか、そういうパーツじゃなくて、1Pまるまる仕事を任せてもらえなんて嬉しい。思わずにやける。


「浮くのは困るけど、俺の真似しなくてもいいからな。古谷が良いと思うデザインを考えてみろ」

「締め切りは月曜日。それまでもちろん他に仕事はあるし、合間の時間を使って頑張ってね」

「はい、頑張ります!」


 「頑張れ」って言って、先輩は私の頭をぽふっとした。励まされて嬉しい。よし! やるぞ!


 先輩に前に教えてもらってたおかげで、あの後仕事帰りに本屋に通ったり、休みの日に美術展に行ったりして勉強してた。自由度が高い分、やってみたい事がいっぱいで何枚もラフを書き、とことん考える。

 ただ見た目が綺麗……とかそういう事じゃなくて、本の内容を的確に表現しなきゃいけないんだ。途中で先輩にもアドバイスもらって、休日も頑張って、なんとか月曜日の締め切りには納得いくデザインにしあがった。


「うん……すごく良いと思うよ。ちゃんと原稿の内容の事考えてるし、とても見栄えが良くて、でも他のページとの違和感も無い。また一つ成長したね」


 狩野さんの褒め言葉が、お世辞じゃなく思えてとても嬉しかった。2人を助けられる程、成長するにはまだまだ時間はかかるけど、一歩一歩頑張って行こう。

 誰かと比較して、落ち込んでくよくよしたくない。私らしく……が大事なんだ。

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