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戻ってきた日常

 修羅場が終わったのが月曜。三人とも疲労困憊で、次の日休みたいけど、平日は取引先からの連絡とかあるし、営業しなきゃいけない。幸い前倒しで仕事してた分、他の仕事のスケジュールに余裕がある。火・水と三人とも定時上がりをして自宅で休んだ。

 木曜あたりで、やっと雑談できるくらい回復してくる。


「週末飲みに行きたいな……お疲れさま会的な感じで。土日は休みにしてさ」

「早く休みたい……とも思いますが、フラストレーション溜まってるから、飲んで発散したいですね」

「熱燗抜きなら行きます。私も飲みたいです」


「ビアガーデン……はまだ早いか。何がいいかな」

「甘いもんが美味い店なら何でも」

「甘いお酒が充実した店が良いです」


 三人とも好き勝手にワイワイしつつ、結局駅前の手頃な価格のイタリアンに落ち着く。

 かなり甘口のワインもあって、初めてワインを美味しいと思った。先輩は初めから遠慮無しに、ケーキをつまみにワインを飲んでて笑ったり、狩野さんが肉ばかり頼むので、私が魚介系も頼みたいとワガママ言ってみたり。

 一山を乗り切った連帯感で、さらに絆が深まった……みたいな感じ。良いな……この空気。あの地獄の修羅場はキツかったけど、だからこそ今がとても楽しい。


「今回は今までで一番危険だった。古谷さんよく頑張ってくれたね。ありがとう」

「古谷がいなかったら、完璧アウトだったな。助かった」


 2人の労いの言葉が嬉しい。勤務時間がむちゃくちゃでも、この2人がいればいいかな……と思える。後は給料面さえどうにかなれば。風呂も入らず仕事してたとか、かなり酷いやつれ顔だったとか、寝顔見られたとか、そういう乙女としての矜恃も、今後捨てるしか無いな……しくしく。


 良い気分で金曜は飲んで、帰ってきたらそのままベットにダイブ。土曜は思いっきり寝てすっきり目覚めた。起き抜けに携帯を見てふと思い出す。仕事が忙しくてお姉ちゃんからメール来てたのに、読んでなかったな。

 1件目のメールには近況報告が書かれていた。お姉ちゃんは今ネイリストになる為に勉強してて、いずれは水商売をやめてネイリストになるつもりらしい。

 キャバ嬢よりネイリストの方が、ずっとおしゃれでお姉ちゃんに似合ってる。ちょっとだけお姉ちゃんの事を見直した。

 良い気分でそのまま2件目のメールを見て、私は背筋が凍り付いた。


『デザインの仕事って大変なのね。体調大丈夫?』


 仕事が忙しいと言った事はある。でも何の仕事か言った覚えは無い。何で知ってるの? とても怖くて、気になって、私は両親と一緒の食事の時に、我が家の禁句を言った。


「お姉ちゃんから……連絡きた?」


 お父さんも、お母さんも凄いびっくりしている。


「唯から連絡あったのか!」

「ううん。連絡無いけど、気になって」

「そうか……家出して6年、一度も連絡が無いからどうしているのか……」


 と、真剣に言った。その反応は嘘には見えなくて、連絡はしてないんだな……とわかった。


「もしお姉ちゃんから連絡があったら会いたい?」


 その質問に、お父さんもお母さんも気まずそうに、目を合わせて沈黙した。そのまま無言で食事を終える。やっぱりまだうちでは、お姉ちゃんの話題は禁句だな。

 でも、親から聞いたんじゃなかったら、なんでお姉ちゃん知ってたの? 薄気味悪くて私はお姉ちゃんへメールする事を辞めた。


 土日にしっかり休んで元に戻れたのは若いからかな。月曜日から狩野デザインは平常運転で残業が続く。


「古谷さん、はい、あげる」


 そう言って差し出されたのはうちで制作してる雑誌。私がきょとんとしてると、狩野さんはくすくす笑った。


「販売前にうちに送られてきた見本誌。古谷さんが作った地図が乗ってるよ」


 私は慌てて本をめくって見つけた。私が初めてデザインした地図。それがこうして本になって目の前にある。それが舞い上がりたくなる程嬉しい。きっとこれから勉強して、もっとデザインできるようになって、本に私のデザインがいっぱい乗るかもしれない。でも……これは一番最初の仕事だから、とても大切な宝物だ。

 初めての仕事に浮かれ、これから先の仕事への希望でいっぱいになって……だからお姉ちゃんの事はしばらく忘れてしまった。

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