いつも通りのお仕事
翌日の金曜日。朝一で狩野さんに謝罪された。
「本当にすまない。自己管理が悪くて2人に迷惑をかけた」
「どんなに気をつけてても、体調は悪くなります」
「仕事忙しいですしね。疲れが溜まってたんじゃないですか?」
私達にフォローされて、狩野さんは恥ずかしそうに手で顔をおおって項垂れた。
「ごめん……古谷さんを信用してなかったわけじゃないけど……うち、仕事は厳しいし、給料安いし、すぐ辞められたら困るな……って、気を張りすぎて疲れてたかもしれない」
珍しく本音で弱音を吐く狩野さんに驚いた。確かに……すぐに辞めてもおかしくない程のブラック。心配されても無理は無いけど、狩野さんも気にして無理してたんだな。
「でも昨日、古谷さんに、怒られて安心したよ。古谷さんは簡単に辞めないって。すごく頼もしい。ありがとう」
とっても嬉しそうに笑う狩野さんの姿を見て、体がかーっと熱くなるくらい嬉しかった。昨日2人を信用するって言われた事も、頼もしいって言われた事も、お世辞じゃなくて、本当に私役立ってるんだ。
もっと、もっと仕事できるようになって、狩野さんや先輩をフォローできるようになりたい。もし……二人が具合悪くなった時に「任せて休んでください」って、堂々と言えるぐらいに。
やる気に満ちあふれて、舞い上がりながらお仕事開始。昨日入稿後、皆でぐったりしすぎて仕事が進まなかったし、溜まってしまった次の仕事を早めに片付けないと。
「あ……やばい」
「どうしたの?」
「たぶん……スキャナーがご臨終です」
最近スキャン作業をしてる時、挙動が怪しいな……と思ってたけど、完全に動かなくなった。今まで使えてたのが奇跡みたいな骨董品だったからな。
「困ったな……今日中に終わらせて欲しいスキャンもあるし……古谷さんちょっとスキャナー買ってきてくれない?」
なにそのちょっとコンビニ行ってきてみたいな軽いノリ。
「値段はできるだけ控えめがありがたいけど、スキャンの担当は古谷さんだし、使いやすいの選んでいいよ」
「わ、私が選んでいいんですか?」
「迷ったら電話してくれればいいから。時間がないから持ち帰りでね」
スキャナー持ち帰りって……どう考えても重いんだけど。
「古谷悪いな。女に重いものを持たせて。でも俺達も他の仕事で手一杯で、買いに行く時間が無いんだ」
先輩にまで謝られて断れない。心で泣きつつお金を受け取って渋谷に向かった。ビックカメラでスキャナーを選ぶ。スペックとか解らない所は電話で聞いて選んでお買い上げ。
「本当にお持ち帰りでよろしいのですか?」と店員さんに確認された。そりゃそうだよね。と思いつつ持ち帰りますときっぱり言う。
重い荷物を持ちながらの人ごみはしんどい。渋谷は平日でも人が多いから。駅前スクランブル交差点で、信号を待つ間ぼーっとしてた時、視界に一瞬映った物に目を奪われる。
お姉ちゃん? コンサバ風のOLみたいな服を着たお姉ちゃんに見えた……気がする。一瞬で人ごみにまぎれて見失った。見間違いかもしれない。見間違えだ、そうに違いない。今は仕事中だし急いで帰らななきゃ。
重い荷物を引きずって必死に帰った。
「戻りました」
「お疲れさま。大変だったでしょう。少し休憩してて」
お言葉に甘えてソファに座る。すでに私のデスクの上にあった古いスキャナーは下ろされていて、先輩が買ってきたスキャナーの設置作業を開始した。
「さっき篠原さんが来て、差し入れにプリンをくれたよ。古谷さん食べたら?」
わーい流石篠原さん。他の編集さんは差し入れなんてしないもんね。ウキウキしながら冷蔵庫を開けた。
わーお流石篠原さん。プリンが4つって……確実に先輩が2つ食べる予測で買ってきたな。狩野さんは食べないから先輩は3つだけど。
プリンを一口食べて蕩けた。
「美味しい! 蕩ける。上品な甘さとちょっと苦めなキャラメルが絶妙」
私がはしゃいだら、先輩がちらっと振り向いて苛立たしげに言った。
「古谷挑発してるのか? 俺が食べてる余裕無いって言うのに」
おお……こわっでもそんな先輩にも慣れた。けろっと笑顔で答える。
「大丈夫ですよ。先輩の分まだ3個残ってますし。後で食べられますから」
「いいな……2人とも。誰か肉の差し入れしてくれないかな……」
「「ありえません」」
私と先輩のツッコミがハモって三人で笑った。スキャナーの設置が終わったら、即仕事再開で、終電まで残業だったけど、仕事中の雑談も楽しいから、それすらいいかな……なんて思っちゃう。もはや残業慣れした立派な社畜だ。
「週末か……飲みに行きたいな」
「狩野さん……病み上がりなんだから、酒よりしっかり休んでください」
「そうですよ。野菜も食べて、ビタミン補給して、しっかり休む」
先輩と私、二人掛かりで叱られてしょぼんとしてる狩野さんが可愛い。
忙しいけど楽しい職場で、平常運転。それがなんだか嬉しくて、さっき渋谷で見かけた事はすぐに忘れた。




