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初めての飲み会

 私の予想は良い意味で裏切られた。鳥澄は落ち着いた雰囲気のおしゃれな和風レストランという感じ。テーブル席の合間はパーテーションで区切られ、半個室っぽくて落ち着く。

 焼き鳥が一番の売りみたいだけど、他の料理も豊富でどれも美味しそう。甘いお酒が充実してるのも嬉しい。


「今日は古谷さんの歓迎会だし、好きな物頼んで良いよ」

「あ、ありがとうございます」


 ウキウキ気分でメニューを見る。柚子蜂蜜サワーとか美味しそう。やっぱり焼き鳥は外せないし、サラダも欲しい。

 私の向かい側の席に狩野さん、隣が先輩だ。隣の先輩が小声でそっと囁く。


「飲み過ぎるなよ」

「ありがとうございます。でも大丈夫だと思いますよ。結構お酒強いみたいですし」


 心配してくれるんだ。その気遣いが嬉しいな。私は普段お酒は飲まないけど、学生時代に何度か飲み会には参加した。オールで飲む事もあって、OBに付合って結構飲んでたけど、最後まで酔いつぶれずに、皆の介抱したり会計したりできたし、お酒は強い方だ。


 最初の一杯は、私は柚子蜂蜜サワー、2人は生ビールの中ジョッキ。大人の男の人らしいよね。私ビールってちょっと苦手。苦いし。甘いお酒以外飲まない。


「じゃあ……古谷さんの入社を祝って……乾杯」


 グラスがかちんと音をたてる。狩野さんは待ちきれないという感じで、豪快にビールを飲み干し、一気に空になった。


「やっぱ仕事の後のお酒は最高だね」

「お酒好きなんですか?」

「うん。好きだよ。忙しい時でも家に帰ったら缶ビール一本くらいは飲むかな」

「先輩は?」

「俺はそれなりに……かな。一人ではあんまり飲まないけど、誰かと一緒に飲むのは嫌いじゃない」


 私も誰かと一緒に飲むお酒は好きだ。お酒が美味しいというより、酔って賑やかになる雰囲気が好き。

 狩野さんはすぐに生中のお代わりを頼んでた。ペース早いな。いつも笑顔だけど、いつも以上に上機嫌……という感じがする。久しぶりの飲み会が嬉しいのかな。


「古谷さんの学校って飯田橋にあったよね? 私達が前に勤めてた会社もその近くだったんだよ」

「え……そうなんですか?」

「源八ラーメンってまだあるか? あそこの味噌ラーメン美味かったな」

「まだあります。美味しいですよね」


 意外な接点発見。急に親近感がまして嬉しい。


「飲食店が減って、コンビニが増えましたけどね」

「駅近くのサンクスは?」

「ファミマになりました。でもなぜかポプラは生き残ってるんですよね」

「あはは……ポプラ頑張るね。あそこの弁当ご飯大盛りサービスがあって嬉しかったな」

「俺はうちの会社の近くにもローソン欲しい。グリーンスムージーはローソンが一番美味いよな」

「美味しいですよね。ちょっと高いけど。たまに買ってました」


 凄い楽しい。2人が私に話題を合わせてくれてるのかもしれないけど、仕事中の雑談より盛り上がる。やっぱりお酒が入るからかな。先輩もいつもより饒舌だ。


「すみません。注文良いですか?」


 あ……狩野さんのジョッキ空だ。早いな。こういう時下っ端が気をきかせて注文頼んだりしなきゃいけないのかな……と思うけど、私より気が利く狩野さんの先回りは難しい。

 私も結構ぐいぐい飲んでたので、すでに1杯目の残りが少ない。2杯目何飲もうかな……他にも美味しそうなお酒色々あったし、飲み比べしたいな。

 ドリンクメニューに手をだしたら先輩に取り上げられた。


「2杯目は頼むな」


 へ? どうしてだろう。そういえば先輩ももう生ビール1杯目飲み終わってるのに頼まない。なんだか違和感を感じる。


「熱燗とおちょこ3つください」

「あ……お冷やも3つ」


 狩野さんの注文にぎょっとした。おちょこ3つって……私の分も含まれてる? 慣れたように先輩が一緒にお冷やも頼んでくれたけど、冷や汗たらたら。


「わ、私……甘いお酒しか飲めなくて」

「女の子らしくて可愛いね。まあ、一口試してみるだけ……ね?」


 狩野さんに笑顔で押し切られて断れなかった。運ばれてきた熱燗を真っ先に先輩がとって、狩野さんにお酌する。素早いな。さすが先輩手慣れてる。私も見習わなきゃ。


「最近の店はね、ちゃんとお湯で燗しなくてレンジでチンしちゃうから、とっくりだけすごく熱くなるんだ。だから最初は気をつけて」


 そう言いながら、狩野さんはおちょこの口をつまんで持ち上げる。私がおちょこを差し出したら、軽く傾けて注いだ。

 う……熱燗って匂いキツいな。


「舐めるだけでいいから」


 先輩が小声でそう告げる。頷いてそっとおちょこに口づけた。酒臭! それにいつも私が飲むお酒より、アルコールが強めなのか、熱いからなのか、一気に体が熱くなる。


「どう?」

「え……えっと、私にはまだ早いかな……って感じですね」

「そっか……まあ、お酒は飲んでなれるって言うし、そのうち好きになるかもしれないね」


 すかさず先輩がサラダをとりわけて私にくれた。


「口直し」


 優しい! 飲み会慣れしてるのか、先輩はいつも以上に気がきいてて素敵。狩野さんのおちょこが空になったらすぐにお酌して、付合って先輩も熱燗を飲む。

 長い事2人でやってきたんだから、何度もこういう機会があったんだろうな。


 私はお冷やを飲みつつ会話を続ける。おしゃべりは楽しいのだけど……熱燗何本目だ? かなり飲むな、2人とも。ほとんど狩野さんが飲んで、先輩は付合い程度……という飲み方だけど。


「古谷さん。お酒飲まないの?」

「へ、えっと……」


 先輩に2杯目を頼むなと言われたので、すでにグラスは空だ。狩野さんはとっくりを差し出して私にしきりに勧める。まだ一口しか飲んでないから、おちょこの中身残ってるんだけど……。

 笑顔でニコニコ……としつつ、狩野さんがぐいぐい押してくるので、仕方が無く残ったお酒を飲み干した。冷めたせいか、先ほどよりも匂いがキツくない。すぐに狩野さんが熱燗を注ぐ。私は次も舐めるだけにしておいた。


「すみません。暖かいお茶3つください」


 先輩素早い。口直しですね。本当にありがとうございます。でも……その後どんどん狩野さんが熱燗を勧めてきて断りきれずに何杯も飲んだ。途中で2回に1回くらいは、先輩が割り込んで代わりに飲んでくれたのでとても助かる。

 も……もしかして、狩野さんって、酔っぱらうと酒勧めるタイプ? いつもよりちょっと機嫌が良いくらいで、酔ってる風には見えないのだけど怖い。そうか。こうして勧められる事わかってるから、先輩は2杯目頼むなって言ってたのか。

 うわー困った。頼みの綱は先輩だけだ。でも先輩なんだか眠そう。あくびしながら目をこすってる。


「古谷……悪い。もう限界。後は任せた」


 そう呟いて先輩が私の肩に寄りかかった。至近距離でイケメンの寝顔。思わずびっくりして突き飛ばしちゃった。反対の壁に頭がぶつかって良い音がした。


「す、すみません!」


 慌てて謝るが先輩は起きる気配もない。


「伊瀬谷君、酔っぱらうと寝ちゃうんだよね。少し寝かせておけば後で起きるよ。さ、古谷さん飲もう」


 だいぶ飲んでたからな……というか飲まされてたからな……。

 こ、これは……先輩という頼もしい援軍を失って、一人で狩野さんに付合えという事か。笑顔でぐいぐい熱燗を勧める狩野さんに恐怖しつつ、ひたすらお酒に付合った。

 途中で気持ち悪くなってトイレにも行ったのだけど、そういう事にも気づいてないかのように、狩野さんが熱燗を勧め続ける。あ…アルハラだ。これが社会人の洗礼なのか? やっぱこの会社ブラックだ。


 ぐらぐら視界が揺れてもう限界……と思う頃に、隣からアラーム音がなった。むくっと起きる先輩。


「狩野さん。そろそろ終電です」

「ああ、もうそんな時間か。気づかなかった。会計してくるね」


 さっと立ち上がってまったく足下も乱れない狩野さん。お酒強いな。先輩も終電を警戒して事前にアラームセットって、手慣れてるな。


「古谷。だいじょうぶか? 歩けるか?」


 なんとか立ち上がって歩いてみる。だいぶふらふらするけど、なんとか自力で歩けそうだ。先輩の方がもっと足取りが危なっかしくてハラハラする。

 狩野さんが会計から戻ってくると、さっと先輩の肩を抱いて支えた。狩野さんに支えられてなんとか歩けるという感じ。


「古谷さんは大丈夫? もし危なかったら私の腕掴んでても良いよ」


 狩野さんは先輩を支える方とは反対の腕を差し出す。ちょっと不安もあったので、お言葉に甘えて腕を掴みながら歩いた。

 三人で並んで駅に向かう。私達2人を支えても揺るがない狩野さんに驚きつつ、気持ちの悪さを押さえてなんとか歩く。駅のホームまで送ってくれて狩野さんはにこっと笑った。


「明日は12時出社で良いからね。お疲れさま」


 マジですか。明日休みだと思って頑張ったのに、土曜日出勤とか……ありえない。我慢できずに電車の中で座り、寝過ごさない為にアラームをセットして、すこんと眠りに落ちた。

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