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銀の放物線  作者: 加藤あまのすけ
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大抵の人は忘れてる

 いつもの時間に目が覚めた。会社に行っている時のいつもの時間だ。


 ボクは布団に入ったまま再び目を閉じて昨日までの朝のルーティンを頭の中で思い浮かべてみる。


 布団から出たボクはトイレに行き小便をする。小さな洗面所で顔を洗って歯を磨いてからリビングの一角に申し訳程度にあるミニキッチンに向かい、トースターに八枚切りの食パンを二枚ほど叩き込み、電気ポットで湯を沸かす。その間にシャツを着て靴下を履き、携帯でニュースサイトをチェックする。朝の支度ぶりだけで見れば敏腕トレーダーのようだな……そこまで考えてふとある事が不安になった。


 ボクは本当に今日から職場に行かなくていいのだろうか?昨日起きたことは全て何かの間違いで、自分探しの為の休暇など昨晩見た夢だったのではないか?


 慌てて布団から起き上がり携帯を掴んで敏腕所長に電話をかける。


「朝早くにすいません。ちょっと確認したいことがあるんですが、ボクは今日からお休みをいただくということで間違いなかったですか?」


 そう切り出すと敏腕所長は笑いながら「まちがいないっ」と昔流行ったお笑い芸人の決め台詞の真似をして言った。


 物真似はボクがそれとわかる程度に似ていたが、もちろんその事には気づかないふりをしてもう一度一通りの謝罪と感謝を述べてから電話を切った。


「いや、もう古いから!大抵の人は忘れてるから!」


 誰に言うでもない寂しいツッコミを小声で言ってから想像ではない本物のトイレに行き小便をした。

 やはりボクは新たな冒険を始めたのだ。小便をしながら「まちがいないっ」と物真似をして一人で笑うと体が小刻みに揺れて小便が宙で小さく波打った。



 ボクは自由だ。


 ボクが必要とする何かがあってボクを必要としてくれる何かがいる何かを探す旅。


 向かう道があまりにも曖昧過ぎて正直どうして良いのかわからない。


 日中は意味もなく家中のドアノブ(狭いボロアパートなので全部で四つしかない)を水拭きして回ったりした。


 ドアノブだけが綺麗になったせいで、部屋全体がくすんで見えた。


 とはいえボクは冒険の初心者だ。最初はそんなものなのだろう。そう考えてこの日はスーパーに買い物に行った以外は外出せずに家の中でテレビを見たりゲームをしたり小便を揺らしたりして過ごした。


 そのうち何かやるべきものが見つかるに違いない。


 きっと、そのうち。


 そんな風に思ったまま、まったく同じような一日が三回繰り返された。

 買い物とテレビ鑑賞とゲーム以外は何もしないまま三日が過ぎたのだ。


 これがボクが求めていたボクにしか出来ない何かだろうか?

 一度きりの人生だと安定を捨ててまで手に入れたかった生活だろうか?


 ボクの船はあの時と同じ暗闇の中で進むべき方角を完全に見失っていた。



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