下駄さんと呼ばれる男
◼︎ 下駄さん ◼︎
端的にいうとボクはワクワクしていたのだと思う。
その事実を知った瞬間からグーニーズのわんぱく小僧たちが屋根裏部屋で宝の地図を発見した時のようなムズムズと、いや、ムクムクと湧き上がる感情があった。
そう宝の地図だ。
自分なりの自由を手に大いなる冒険をスタートさせたばかりの自分と、一歩先は0かもしれなければ100かもしれないという確率の世界との出会いが奇妙にシンクロしている気がして全身にゾクッと鳥肌が立った。大袈裟に言えば運命を感じた。
彼は立ったままボクの言葉を待っているようだったが、散らばった豆を片っ端から食べながら同じだけの糞を撒き散らす鳩のように、ボクの思考は解決に向かっては引き返すという作業を繰り返すばかりで進展せず、ただ黙っていることしかできなかった。
そのまま数分が過ぎ、さすがに気まずい空気が漂い始めた時、店の入り口の自動ドアが開き背の高い若い男が店内を覗き込むように顔を出すと「下駄さん、台の呼び出しきてるよ」と叫んだ。
ボクの長い沈黙の帳尻を合わせんとするような大きな声だったので、ファミレス内の他の客が振り返って男の方を見ている。
ボクも何事かとそちらに目をやると背の高い若い男もフェレットが餌をねだる時のような表情で(実際に男の顔はフェレットによく似ている)こちらを見ている。
いくら見られてもボクは下駄さんなる人物ではないのでそっと目を逸らしたが、代わりに先程までボクと茶番劇を興じていた彼が「あいよ、すぐ行く」と軽く手をあげて叫び返した。
そして、ボクの方に視線を戻すと「1回引いてみな」と言って架空の箱を指差す。
ボクは言われるがままに球を1個引いて手のひらを広げ、それを彼に見せた。
彼はニッコリと笑い、財布を取り出して千円札をテーブルに置くと「おめでとう」と言ってそのまま店を出て行った。
背の高い若い男と下駄さんと呼ばれる男が去り、店内は静かになったが、ボクの心のざわめきはしばらくは治まりそうになかった。