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銀の放物線  作者: 加藤あまのすけ
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冬の虫◆オルゴールの音

 病院の二階に上がると薄暗い廊下が真っ直ぐに伸びていた。

 大抵の病院の二階の廊下は薄暗く、とんでもなく真っ直ぐで長い。


 廊下をゆっくりと歩きながら左右にある病室を覗き込んで下駄さんを探す。

 病室の扉が開いているところもあれば閉じているところもあるので全部は見て廻れない。


 それでもこの階の半分ほどの部屋を大まかに確認する事ができた。


 病院の人に会って不審がられたら追い出されかねないので、あまりキョロキョロしないように顔を動かさず横目で見るだけにして捜索を続けていく。


 病気と薬の匂いがボクを暗い気持ちにさせる。



 御見舞に貰ったのだろうか。どこかの病室からオルゴールの音が聞こえる。

 確か恋に恋する人形のことを歌った曲だ。誰の何と言うタイトルだったかは思い出せない。


 三階に上がり、ドアの開いている部屋を見て回り、四階でも同じことを繰り返したが、下駄さんの姿は見つけられない。


 常時、幾人もの人達が動き回っていた一階に比べて、上の階はゆっくりと時間が過ぎている気がする。


 四階の見ていない病室も残り僅かとなったところで、銀色のスチール製のワゴンを押しながら歩く看護師さんが前からやってきた。

 ワゴンの上のトレーにはいくつものハサミのようなものが綺麗に並べられていて、揺らさないようにする為なのか看護師の女性は異常なほどゆっくりと歩いている。


 本当にどこか具合でも悪いのかと思うほどその歩みは遅い。

 或いはボクが知らないだけで、病院内ではこれが普通なのだろうか。


 何か言われるかと少し不安だったが、看護師さんはボクに目を合わせることもなく(本当にゆっくりと)すれ違った。


 扉が開いているすべての部屋を見終わったが、下駄さんはいなかった。


 扉の閉まった部屋も多かったのでわからないはずだが、病室を見て回っているうちに何故かボクは『下駄さんはここにはいない』と確信していた。


 一つには数日前まであれほど元気に見えた下駄さんが、この病室にいるような人達と同じ状態になっているとは思えないからだ。


 それにあの下駄さんが大人しく病院のベッドの上に寝ている姿は想像できない。

 例え、もし本当に入院しなければいけない病気だったとしても、「俺は家がいいんだ……なっ!」などと叫んで帰るに決まっている。


 その姿と声を想像して、ボクは一人、病院の廊下でニヤリと笑った。


 いないとわかればもう病院に用はない。急いで(念のため気持ちゆっくりとした歩きで)外に出ると来た道を引き返す。


 『その時の俺の絶望感がわかるか?』


 あの日の下駄さんの言葉がふと頭に浮かんだ。


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