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銀の放物線  作者: 加藤あまのすけ
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冬の虫◆本名すら知らない

 翌朝、ボクは早朝から高野の街へと向かった。

 空は十五夜のお月見団子のような形の雲で覆われていて真冬を思わせるような寒さだ。

 風が吹くと顔の皮膚が斬り刻まれそうなほどに痛くて、熱いお湯がたっぷり入ったバケツに頭ごと突っ込みたくなる。


 早足で電車に乗り、車内の暖かさを噛みしめる間もなく数十分で高野の駅に着いた。


 駅前は大きな商店街があっていつも多くの人で賑わっている。

 近隣にデパートなどがないので、古くからあるお店ばかりの商店街でも活気があり、景観も下町の雰囲気を残していて、特に年配の方々には人気だ。


 そのせいか街はどことなく懐かしい匂いで満たされている。


 ゆっくりとした歩みの年寄りたちを縫うようにして商店街を抜け、笠地蔵のばあさんが下駄さんを見たという病院へと向かう。


 スマホの地図を頼りに五分ほど歩くと大きな建物が現れ、不自然に思えるほどの白さからそれが病院であることはすぐにわかった。

 この世で最も生と死に関わる場所なのに、建物自体は異様なまでに無機質で冷たい雰囲気に纏われている。


 ドアを開けて中に入ると病院独特の空気が滑るように体にまとわりついてくる。

 靴を脱ぎ、備え付けのスリッパを履いて受け付けの前を素通りして待合室に向かう。


 待合い室には二十人ほどの人達がいて、その半分ほどの人が一度ボクを見てからすぐに目を逸らした。


 二十人の中に下駄さんはいない。


 病院に来てみたはいいが、ここからどうしたら良いだろうか。

 受付で下駄さんのことを聞いてみても患者のプライバシーに関わることを教えてもらえるはずはない。


 そもそも聞くといってもボクは下駄さんの本名すら知らないのだ。


 他の人に不審がられても困るので、とりあえず長椅子の端に座り、何かを待つふりをしながら、この後のことを考えてみる。


 この病院はそれほど大きくはないが、所謂、総合病院ではあるようで、一階は診察室、二階から四階は入院室になっているようだ。

 もし仮に下駄さんが何らかの病気で入院しているのだとしたら、この病院にいる可能性は高いだろう。


 待合い室にいるよりも二階に上がって下駄さんがいないか確認していく方が効率は良いが、病院の人に不審がられたらマズい。

 それでもそこを調べなければここまできた意味がない。


 ボクは最初からそうするつもりでしたよといった感じに立ち上がり、二階へ続く階段を、早くも遅くもない歩調で上がった。

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