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銀の放物線  作者: 加藤あまのすけ
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ないはずの意味/じゃがバター味

 

 ◼︎ ないはずの意味 ◼︎



 ボクを脱力させたニつの理由のうちの一つ目は極めて明確なものだった。


 長々と彼の茶番に付き合って辿り着いた結末が、たった一言で済む程度のものだったという虚しさによるものだ。


 ボクは現代パチンコがそのようなシステムの上で動いているものだと聞くためだけに彼のあのサディスティックな振る舞いに長時間耐えてきたのだ。


 馬鹿馬鹿しさに力が抜けて当然だろう。


 でも、それに反してニつ目の理由はネガティブなものではなく、自分でもすぐには受け入れ難い複雑な感情だった。


 パチンコというものは定められた確率の元でクジを引くゲームである。


 彼から聞いたその話が事実ならば、ボクが抱いてきたパチンコのイメージとはかなり違っている。


 ボクはこれまでギャンブルというものを避けて生きてきたとはいえ、テレビや人との会話の中からパチンコに関する情報を少なからず得たことはあった。それらの情報からボクが抱いていたパチンコのイメージは


"お店の人がすべての台の大当たりを操作している"


といったようなものだった。


 具体的に言うと、毎朝店員さんが、この台はお昼頃、この台は午後三時頃といった具合に一台一台コンピューターで当たりが出る時間を設定しているイメージだ。

 或いはデジタルが何回転したら当たるとか、はたまたお金をいくら使ったら当たるとか、そんな感じで店の意のままに当たり外れが決められているのだと思っていた。


 多くの人から『パチンコは店が勝つように出来ている』と聞いていたのでそんなイメージを持ったのだと思う。


 しかし、現実は違った。もちろん、彼が本当のことを言っているという保証はどこにもない。彼のおかしな言動を見る限り、むしろ嘘を言っているに違いないと疑って然るべきだとも思う。


 それでもボクは彼の言葉が真実であると確信していた。彼が変わり者であることは間違いないが、言葉は軽々しいものではなかったし、常に得体の知れない信念のようなものをヒシヒシと感じた。


 だからこそボクは最後まで彼の茶番に付き合う気になれたのだと思う。


 別にパチンコというものがどのようなシステムで稼働しているのか知ったところで特別意味のあるものではない。ああ、そうですか、という程度の話である。


 でも、ないはずの意味が心の中に芽生えているのを感じて、ボクは恐ろしいような、それでいてどこか嬉しいような何とも言い難い気持ちになっていた。




 ◼︎ じゃがバター味 ■



 鼻息荒く台に座ったものの何もできずに数分が過ぎている。


 パチンコを打ちにやってきたのだから玉を打ちたいのはやまやまだが、その打つべき玉をどこでどうやって買えばよいのかわからないのだ。

 周りの人を横目でチラチラと観察してみても特に玉を買っているような素振りはない。

 誰かが売りにくるのか?それともどこかに買いに行くのか?まるで見当がつかない。


 元々初めてのパチンコで緊張しているところに焦りが加わって自分の顔が引きつってきているのがわかる。

 子供の頃、池に取り残された時に心に生まれたあの嫌な感覚が蘇ってくるのを感じる。

 漕いでも漕いでも船は進まないのだ。


 ボクは自分を落ち着かせようと目を閉じて下を向き「ボクは自由だ、ボクは自由だ」と呪文のように唱えた。

 ボクが自由なことと玉を買う場所がわからないことは何ら関係ない話なのでその呪文は意味をなさないはずだが、何故かボクの心は落ち着きを取り戻した。

 今のボクにとって『 自由 』という二文字はどんなことも可能にする魔法の言葉なのだろう。



「兄ちゃん、パチンコ初めてなんか?」


 暗闇の中で突然声が聞こえた。

 閉じていた目を開けるとボクの台のすぐ横に知らない男が立っていてボクの顔を覗き込むように見ている。


「それとも寝てんのか?」男はそう言ってフフンと笑うと馴れ馴れしくボクの肩に手を置いた。


 とてもじゃがりこ臭い手だ。

 まあそれもそのはずで男の反対の手にはじゃがりこの容器が握られている。

 男はボクの肩に肘を乗せたまま容器の中のじゃがりこを数本掴むと口の中に放りいれた。


 じゃがバター味のじゃがりこを二本ほど口から飛び出させたまま男はもう一度言う。


「パチンコ、初めてなんか?」


「あ、はい、えーと……はい」


 突然のことにしどろもどろになりながらボクが答えると、男はボクの台の左上の辺りをじゃがりこで指しながら

「ここに紙幣を入れるんだよ、お金、一万円札持ってっか?ここ、入れてみな」

 そう言って今度はボクが持っている財布を指差した。いや、じゃがりこで指した。


 男は薄いパープルの襟付きシャツにゆったりとしたグレーのチノパンを履いていて髪はそれほど長くはなくオールバックにしている。

 薄っすらと無精髭も生えていて、どう見てもサラリーマンには見えない。


 怖い団体の人だったらどうしようとさらに焦りながらもボクは言われた通りの場所に千円札を滑り込ませた。台の左上にジュースの自動販売機のお札投入口のようなものがあり、そこにお金を入れて玉を買うシステムのようだ。


「そしたらその右っ側のところに10って数字が出たなあ?それが千円入ったってことだ…なっ!」

 確かに言われた場所に10の文字が赤く点灯している。


「その数字の下に玉貸って書いてあるボタンがあんだろ?それを押してみな」


 もはや従順な犬のように言われるがままにボタンを押すとボクの台の受け皿に玉がジャラジャラと出てきた。

 ホッとした気持ちと得体の知れない男と関わってしまった不安があったものの、後者の方は可能な限り隠しながら「ありがとうございます」と男に告げてハンドルを握る。


 ボクの玉は無事に発射され盤面で軽やかに踊り始めた。


 男はしばらくボクが打つのを黙って見ていたが、その拙さにしびれを切らしたのか、もう少し強く打てだとか、真ん中の穴に入れてとデジタルを回すんだ等と教えてくれた。


 まあ、それほど悪い人ではないようだ。


 男はひとしきり説明を終えると満足したのか元々いた隣の隣の台へと戻ってゆき、仏陀が池のほとりで瞑想する時のような姿勢で再びパチンコを打ち始めた。



 一人になったボクは、その後千円札を五枚ほど追加投入したが一度も当たらずに(三十分もかからなかった)あっさりと心が折れた。

 リスクに対する免疫がないボクの心はガラスどころか角砂糖レベルに脆いのだ。


 パチンコは素人がいきなりやって勝てるほど甘いものでもないのだろう。

 今日は初めての挑戦だし、今なら傷も浅い。このくらいでやめて帰ることにしよう。


 そう自分に言い訳してから立ち上がり、一応声をかけてから帰ったほうが良かろうとさっきの男のところに行き

「今日は帰ります、色々と教えてくれてありがとうございました」と礼を言った。


 男は口から三本ほど飛び出したじゃがりこを落とさないように口をすぼめながら「うぅ、ぼういはひまひて」と言った。

 多分、「どういたしまして」みたいなことを言ったのだろう。


「やっぱり初めてパチンコするような素人がすぐ当たる台を見つけられるわけないですよね」


 お礼だけで帰るのも味気ないのでちょっとした世間話のつもりでボクは言った。


 男はそれを聞くと一瞬キョトンとした顔になったが、突然何かを思い出したのか(或いは思いついたのか)跳ぶように立ち上がり、


「兄ちゃん、もう打たないなら俺とちょっとお茶しないかい?」と言うと、返事を待つ間もなく近くを歩く店員さんを捕まえると「休憩行ってくる」と告げてからボクの方を見もせずにスタスタと出口の方に向かって歩き出した。


 あまりに唐突過ぎて少なからずボクは混乱していたのだろう。


 この日初めて会ったばかりの知らない人間に、誘われるがままについて行くという自分の行動の異常さに気がついたのは、ファミレスに着いて男の前の座席に腰を下ろしドリンクバーを注文した後のことだった。



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