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銀の放物線  作者: 加藤あまのすけ
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小さく飛び上がるほど

 イチの姉のトドメの確変は順調に当たりを重ねている。


 対照的に支店長は積み上げていたドル箱を着々と減らしていて、十箱ほどあった玉はもはや三箱を切っている。


 ドル箱から玉をすくい入れる支店長の手が小刻みに震えているのがわかる。


 イチの姉は確変図柄を引くたびに冷たい飲み物が歯に沁みた時のような顔になっている。

 パチンコで当たり続けているのに辛い思いをしなければならないというのもなかなかお目にかかれない状況だ。


 イチ姉妹にとっては滅多にない二人揃ってのお祭り状態なだけに、それを楽しめないのは気の毒でしかない。


 しかし、現実は残酷で、イチの姉にとっての地獄の時は続き、支店長の持ち玉はついに二箱を切った。


 イチの姉は精神的に限界だったのだろう。楽になりたい。そう思っての行動なのはわかる。


「おかげさんでたくさん出たのでこれお返しします」


 そう言って貰った一万円札を支店長に返そうとした。


 ボクはそれを目撃した瞬間、「あっ」と声を漏らし、天を見上げ目を閉じた。


 それはやってはならない……。確かにこのとてつもなく重い空気はボク達を苦しめている。

 でも、苦しめてはいるがまだ救いはある。


 支店長が良い事をしたという事実は残っているのだ。


「ああ、別にいいんだよ、あげたんだから」


 どんな感情がそうさせているのかわからないが、そう言った支店長の小さな声はかすれながら震えていた。

 支店長にしてみれば当然返してもらうわけにはいかない。一度はあげたものだ。

 いくら玉を減らしたからといって受け取るわけにはいかない。

 誰にだってそのくらいのプライドというものはある。


 イチの姉も少しは感じ取ったのかそれ以上は何も言わずに一万円札を自分の財布に戻した。


 重かった空気は、このやり取りを経てスッと軽くなった。

 別に良い空気になったわけではない。正確にいえば軽くではなく、薄くなったのだろうか。

 空気を吸っても吸っても少し酸素が足りないような、ゆっくりと死に近づいていくような感覚。


 残り二箱を打ち切るまでの時間は支店長とボク達にはこの世の終わりへのカウントダウンのようなものだった。

 もはや複雑な感情はない。終焉を前にただじっと時を待つだけだ。



 しかし、勝負の神は支店長の善行を見逃してはいなかった。


 持ち玉が残り一箱となったところでジュゴン(確変)での当たりを引き当てたのだ。


 その瞬間、イチの姉は小さく飛び上がるほど喜んだ。

 目が見えていないはずのイチも、フランダースの犬でネロがルーベンスの絵を見られた時のような晴れやかな表情になっている。


 ボクも思わず「おおっ!」と声が出た。


 四人全員が顔を見合わせて我が事のように当たりを喜んだ。


 神はいた。支店長はまだやれるんだ。

 どこからともなく爽やかな風が吹き、真っさらでキラキラと輝く空気に満たされた。


 ボクはその空気を胸いっぱいに吸い込んで、詰まっていた悪い空気と一緒に、大きくため息をつくようにフーッと吐き出した。



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