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銀の放物線  作者: 加藤あまのすけ
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手に持ったルマンド

 おばあさんの姿に気づいたトッポが足早に入口へ向かい、重いドアを「よっこいしょ」と引っ張り開け、店内へと迎え入れる。


「ああ、トッパ、ありがとうね」


 万カツのおばあさんは不自然なほどに曲がった腰を少しだけ伸ばしてトッポの顔を見て言った。

 歯が無いのでトッポをトッパと発音してしまうのはいつものことだ。


 トッポは黙って頷く。


「ばあさん、遅かったーねー。今みんなで心配してたのよ」


 万カツのおばあさんのヨチヨチとした歩みによる到着を待ちきれなかったソフトモヒカンのおばさんが少し離れた場所から叫ぶようにして声をかける。

 聞こえているかいないかわからないが、おばあさんはその声に応えることもなく黙々と歩を進める。


「まあ生きててよかった」


 トッポがおばあさんの手を取りながら言うと


「わたしゃしぶといよ」


 と、おばあさんは言い返し、口からヒューヒューと息を漏らすように笑った。



 トッポは今年で五十歳になる。当然、幼少の頃から万カツの揚げ物を食べて育った。

 小学校のマラソン大会で4位に入賞した時も、中二の夏休みに(床屋の娘の和代ちゃん)に初めて告白して振られた日も万カツのメンチカツを買って食べた。


 誰もが万カツの揚げ物と共に大人になった。


 トッポやこの町の人達にとって万カツの揚げ物とおばあさんは家族と言っても良いほどの存在なのだ。



 皆が見守る中、ようやく休憩スペースに到着したおばあさんをソファーに座らせると、トッポもいよいよパチンコ台へと向かう。


 メタボの男の言った新台も気にはなるが、冒険するには懐が寂しい。

 いつも打っているベースボールという機種で、手堅く勝利を狙うことにする。


 この店のベースボールは十五台ほどあって人気機種ということもあり空いている席は五つしかなかった。

 そのどれもがここ数日出ているのを見たことがない台ばかりだ。


 埋まっている席の出玉の状況は良くも悪くもないといった感じで、みんな小箱一箱分(七百五十個前後)ほどの玉を持っている。


 さて、どうしたものかと一台ずつ見ながら奥に進んでいくと、大箱一箱と小箱二箱ほど足元に積み上げて瞑想中のブッダのような姿勢で打っている若い男が目に入る。


「パチプロの兄ちゃん、今日も出してんな」


 トッポは男とも顔見知りらしく、すぐ後ろに立って話しかける。


「この台な、昨日、打ち止めまで行きそうで行かない遊び台だったけど、今日ぶっこみが開いてな、寄りがかなり良くなってんだ」


 若い男は手に持ったルマンド(洋菓子だ)で天釘の辺りを指しながらトッポに説明をする。


「俺は専門的なことはわからないけど、兄ちゃんは若いのに凄いな」


 そう褒められた若い男は振り返ってトッポの顔を見ると、手に持っていたルマンドをリスがドングリを齧るように少しずつ且つ高速で食べきってからニコッと笑って言う。


「こんなもん毎日朝から晩まで打ってれば嫌でも上手くなるんだ……なっ!」

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