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銀の放物線  作者: 加藤あまのすけ
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万カツのばあさん

「おはよう、トッポのおっちゃん」


 丸めた粘土を1メートルの高さから落として出来上がったようなベタッと膨らんだお腹の男がトッポに声をかける。


「おー、おはよう。そんなとこでタバコ吸ってんなら今日も負けてんだろ?」


 笑い皺をより深くしてトッポは言う。


「奥に新台入ってるよ、俺やったけど出たり入ったりで結局呑まれたよ」


 メタボ体型の男は悔しそうに言いながらタバコを灰皿に捨てると、すぐに次のタバコを咥えてジッポライターで火をつける。


「俺あー今日は打ち止め台しか打たないからね、給料前に負けらんないのよ」


 そう宣言したトッポの斜め横にいた茶髪でソフトモヒカンのおばちゃんが横槍を入れる。


「トッポが今頃きたって打ち止め台はなーいよ。諦めてうちのじいさんが二千円くらい入れて投げた台があるからそれやんなよ、鳴きは良かったらしいから」


 ソフトモヒカンのおばちゃんは見たこともないような奇怪な柄の派手なシャツを着ている。イギリス辺りのパンクバンドのメンバーにしか見えない風貌だが、もちろんそんな訳はなく至って普通の主婦である。


「あー?お前のじいさんがやる台なんてどうせゼロタイガーだろ?やだよ、あれもう飽きたよ」


 トッポが突き放すように言うとソフトモヒカンのおばちゃんはメタボの男と目を合わせてから、やれやれといった感じに肩をすくめる。


「だから新台やんなよ、役物が面白いから。俺もうちょっとやってくっから」


 メタボ体型の男は腹の脂肪をタプンと揺らしてソファーから立ち上がり「先行ってるよ」と告げると二本目のタバコを灰皿に投げ入れて遊技台のほうに歩き去った。


 鼻から煙を出しながらノソノソと歩く姿はさながら蒸気機関車のようだ。



「今日は万カツのばあさん見かけないけど来てないの?」


 トッポがソフトモヒカンのおばちゃんに聞く。


 万カツは商店街の裏道にある揚げ物を売るお店である。

 肉屋と果物屋の間の僅かなスペースに建つ、齢八十にもなるおばあさんが一人で切り盛りしている小さな屋台だ。


 五十年も前から同じ場所で営業していて、コロッケやメンチカツなどが学校帰りの中高生に人気があり、この地域の人間にとっては青春の味として何代にもわたって愛されて続けている。


「あー、今日はまだ見てないね。そういえば、この時間に来てないのも珍しいね」


 そう言うとソフトモヒカンのおばさんは向かいのソファーに座る巨漢のおじさんのようなおばさん(立派なパンチパーマだ)に声をかける。


「あやちゃん、万カツのばあさん見てない?今日店行った?」


 巨漢のおじさんみたいなおばさん(パンチパーマ)は、隣の人との会話を続けたまま、


「(それでその後二回も札が入ったのよー)あたしも今日は万カツ行ってないし、ばあさんも見てないのよー(たまにはこういう日もないとねー)後で見に行ってこようかー?」


 と多重放送のように器用に受け答えをする。


「そっかー、じゃあ、わたしが今から見てこようかな」


 ソフトモヒカンのおばさんがそう言ったのとほぼ同時に、重いガラスドアの向こうに万カツのおばあさんの姿が現れた。


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