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銀の放物線  作者: 加藤あまのすけ
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特別な数字/Big Castle

 

 ◼︎ 特別な数字 ◼︎



「いいか、七というのはいつだって特別な数字なんだ」


 彼は駄々をこねる子供を諭すような言い方で言った。


「その箱に入っている六個の球は全部白い球だ」架空の箱を指差し、何故か得意げである。


 この架空の箱に入れられた架空の球の色が何色だろうと特に興味もないが、悔しいかなボクも白い球をイメージして受けていたので、せめてもの抵抗で苦々しい顔を存分にアピールしながら、唾を飲み込んだのか頷いたのかわからないほどに小さく頷いた。


 その最大限に小さな同意を目敏く確認した彼は、ボクの手の中にある球を指差しながら続けて言った。


「でも、その球は特別な球だ。なんてったって七球目の球なんだから…なっ」


 よほど七の数字に思い入れがあるのかこの後の彼の言葉は急激に熱を帯びていく。


「何色だと思う?七球目のその球……特別なその球は、ん?何色だ?」


 正直、どうでも良い。


 まあこの特別らしい七球目の球が彼の言い方からして白色ではないことだけはわかる。それはわかるのだが咄嗟に何色なのかが思いつかずに(考える気にもなれず)黙っていると


「ん?オ?オ?卓球の球で白以外って言ったら、オ?オレ?オレン?」と脅迫まがいの誘導をしてきた。


 仕方なくボクが「オレン…ジ?」と答えると、彼は待ってましたといった感じで指をパチンと鳴らしてから「そう!オレンジ、オッケー、箱に入れて」と言うと、次の(八球目の)球をテーブルにコツコツと跳ねさせた後、手のひらに乗せ、ふっと息をかけてから「この球はまた白」と囁いて再びボクに向かって特別ではない球を打ち始めた。


 どうやらこの茶番はまだ続くらしい。


 ボクはゾッとしてこの現実から目を逸らしたくなり、ふと窓の外に目をやると、あの冬の蝶がヒラヒラと飛んできていて窓ガラスに繰り返し体当たりをしているのが見えた。窓ガラスに止まろうとしているが滑って止まれないのだろうか?


 窓枠の蜘蛛も自分の巣にその蝶がかかるのを期待しているような顔でジッと外を見ている。


 でも、蜘蛛のいる内側と蝶のいる外側の間には強固なガラスがあり、二匹が触れ合うことは、多分、永遠にない。



 その後、ボクは窓の外を見るともなく見たまま、飛んできた三球の球を見もせずに感覚だけで掴み取り、箱に入れる作業をこなした。


 ボクは三球目を箱に入れた後、四球目もくるだろうと機械的に手を伸ばしてみたのだけど、どうにもくる気配がないので視線を窓の外から彼に戻すと、彼はそれを待っていたかのように慌てて小さくガッツポーズをしながら「サーッ!!」と叫んだ。


 卓球選手が得点を決めた時に叫ぶアレのつもりらしい。


 本当に面倒な人だとは思うが、それでもどうやらこの叫びを以って長きに渡った卓球の茶番は終わりらしく、彼は何かをやり遂げたような清々しい顔でボクを見ながら「完成だ……なっ」と言ってボクの前にあった架空の箱を持ち上げて左右に振り、中の球があることを確認してから自分の前に置き直すと満足げにフーっとひとつ息を吐いた。




 ◼︎ Big Castle ■



 この道を通るのは初めてだった。勤め先の出張所からそれほど離れた場所ではないのだけど、いつもは寄り道などせずに真っ直ぐ駅に向かい帰宅してしまうので、この道どころかこの町のことはほとんど知らない。


 国道沿いだけあって、通りには大きなホームセンターや、ファミリーレストランなどが所狭しと立ち並んでいる。異なるチェーンの牛丼屋さんが隣り合って建っている上に、国道を挟んだ向かい側にもまた別の牛丼屋さんが建っている。こうなるともはや牛丼通りと名付けるべきではないか。そんなどうでも良いことを考えながら駅までの道を歩いていると、突然、ハッとするようなとんでもなく大きな建物が目の前に現れた。


 それは例えるならロールプレイングゲームでラスボスの待つ城のような大きさと威厳のある建物だった。


 いや、城のようなというか、これは正に城そのものである。

 正面の城壁には親指を立てたような形の大きな穴が空いていて、そこが入り口になっているようだ。

 胸まであるような顎髭を生やした門番こそいないが、この上なく立派な城門だ。


 穴の両脇には2つの丸い塔が対になって建っていて青く尖った傘のような形の屋根が付いている。

 童話などで王女さまが閉じ込められていがちな形の塔だ。


 さらに上を見ると2つの塔と塔を結ぶように大きな看板が掛かっていて、そこに英語で何か書かれてある。



 Pachinko Big Castle



 ボクはこれまで長年に渡ってあらゆるリスクを避けて暮らしてきた。数あるリスク達を丁寧に避けて生きてきた。

 そんな中、最も危険な場所として心に刻み込んでいたのが他ならぬパチンコ屋だった。


 この場所にはリスクしかない。これまでボクのリスクレーダーはパチンコ屋の側を通るだけで激しい警戒音を鳴らし続けた。


 だが、新しく冒険に溢れた人生を歩み始めたその日、まさにその初日に偶然にも目の前に現れたパチンコ店ビッグキャッスル。


 これは神がボクに与えた最初にして最大の試練であると考えるのは自然なことではないだろうか。


 ボクはこの大きな城の頂を見上げゆっくりと二度深呼吸をした。


 大きな親指の先にある自動ドアを凝視する。

 ガラスドアの向こうにはリスクをリスクで洗いリスクを振りかけたのちにリスクで揚げたリスクをリスクで綴じて食べるような世界があるのだ。


 ボクは自動ドアがギリギリ開かない場所まで前進し、振り返って一度ドアを背にして空を見上げた。


 初冬の空は青く澄み渡り、四方から吹く肌寒い風がボクの冒険を後押ししてくれているようでもあり、まだキミには早いと引き止めているようでもあった。


 門の脇に植えられたヤシの木がわさわさと揺れ、あの時のように、遠くでカラスがカァと一つ鳴いた。



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