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銀の放物線  作者: 加藤あまのすけ
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湯はとっくに溢れている

 あの台が千円21回転しか回らないのであれば打てば打つほど負けることになる。

 下駄さんは平然と言ったがボクにとっては衝撃の事実である。


「何故ですか?海物語は千円21回以上回れば勝てると聞きましたけど」


 ボクがその情報源であるゴン太君にすがるような視線を向けると『そうだ』と言わんばかりに彼は大きく頷いた。

 やはりボクの聞き間違いではない。海物語は千円21回以上回れば勝てるのだ。


「まあ慌てるな。それはひとまず置いといて、順を追って話をしていこう」


 下駄さんはそう言うと、剣で刺された黒ひげ危機一発の黒ひげのように座ったまま一度ピョンと飛び上がってからドスンと着地すると、再びお尻を左右に回してソファーにねじ込む。

 

「いいか、まず、あの439番台は俺が打てば千円23回は回る。違いはたったひとつ。リュックは保三止め(ほさんどめ)をしていないが、俺はするからだ」


 ゴーンと頭の中で除夜の鐘が鳴った気がした。だが、ボクの一年は、いや、一年どころか今日という日すら終わらせてはもらえない。

 

「デジタルを回すにはスタートチャッカーに玉を入れなければならないな?」


「はい」


「スタートチャッカーに玉が入るとデジタルが回る。じゃあまだデジタルが回っている間にスタートチャッカーに玉が入ったらどうなる?」


「その権利が貯蓄されてデジタルが止まった後に消化されます」


「そうだな、デジタルの回転中に新たにスタートチャッカーに入った玉で得た権利は、失わずに貯まっていって、後で順番に消化されていく。その貯まっている権利を保留と呼ぶんだが、この保留数には上限があるのは知ってるな?」


「はい、確かに四個までですよね」


「そう、多くの機種は四個まで保留できるが、それ以上はスタートチャッカーに入っても何もなかったことになる」


「あまり気にしてなかったですが、そうなんですね」


 下駄さんはボクのその受け答えが気に入らなかったようで、臭い匂いを嗅いだ時の猫のような顔(本日二度目だ)をした上に、お手上げといった感じに肩をすぼめてから、徐に湯呑みにお茶の粉を入れてお湯を入れる。


「回転寿司の店は湯呑みに自分でお湯を入れてお茶を作るよな?お茶の粉を入れて給湯のボタンを押して湯を注ぐ。で、そのうち湯は湯飲み一杯になり溢れそうになる。その時、リュックはどうする?」


「給湯のボタンを押すのをやめます」あたりまえ体操を踊っても良いほど当たり前の話だ。


「だよな。誰もがそうする。子供だって皆んなそうする」そう言うとちょうどお茶を入れようとしている隣の席のももクロ少年を指差して(『ほらね』という意味で)指をパチンと鳴らす。


「だが、何故かパチンコを打っている人間の多くは、保留が一杯になっているにも関わらず玉を打ち続ける。溢れたお湯は、ただ無駄に流れていくだけだ」


 なるほど、言われてみれば確かにそうだが、玉が無駄になると言っても数個レベルのことだろう。

 下駄さんの話は役に立つことばかりだが、こればかりは少し細かすぎる気もする。


 下駄さんはボクのそんな気持ちを見透かしたのか、大きく鼻から息を吐いた後、少し口調を強めて話を続けた。

 

「リュック。千円で21回まわる台は、一回まわすのに何個の玉が必要かわかるか?」

 

 玉は一個四円なので千円だと二百五十個だ。二百五十個で21回まわすのだから二百五十割る二十一なので「約十二個の玉でデジタルが一回まわります」と答える。ボクの計算もなかなかのものになってきた。


「おう。まあ正確にいうとこの機種はスタートチャッカーに玉が入ったら、払い出しが四玉あるのでその分も入れなきゃいけないが、今はまあ細かいことはいいだろう。とにかく十数個の玉でデジタルが1回まわるってことだ」


 ボクからすればこの話全体が細かい話と思っているのだが、もちろんそれは口には出さない。


「保留が満タンになった時に仮に十秒ほど打ちっぱなしにしたとしたら無駄になる玉の数は十五個ほどになる。つまり単純計算でいえば千円打つ間に1回だけ保留が満タンになって、その時に十秒(十五個)の玉を無駄に打つだけで千円あたりの回転数が1回転違ってくるということだ」


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