新たな手がかり
購入したメダルと大当たりして貰ったメダルは価値が違う。下駄さんはそう言った。
ボクはそのことについて必死で考えてみたが今一つしっくりくる答えに行き着けない。
「どっちのメダルも一枚で1回クジが引けて七十円で買い取られるのに価値が違うというのはどういうことですか?」
下駄さんは理解の悪いボクに呆れたようで、腰を痛がる老犬のような表情になったが、すぐに自らを鼓舞するように重厚な『なっ』を一つ放つと講義を再開する。
「リュック、単純に考えるんだ。十枚千円で買ったメダルはその時点で一枚百円だが換金すれば一枚七十円だ」
「はい、それはわかっています」
「じゃあ当たりを引いて貰った十枚のメダルはその時点でいくらのメダルだ?」
『単純に考えるんだ』という下駄さんの言葉に従って考えるなら答えは一つしか思いつかない。
「お金を払わずに貰ったメダルなので、その時点で0円の価値で換金すれば七十円になると思います」
下駄さんはこれまで見たどの笑顔よりも大きく表情を崩して機関車の汽笛のように笑った。
「リュック、おまえ面白いな!そうか、0円か。まあ、ある意味正解だが、ここでは説明上一枚七十円が正解とする」
ゴン太君はいつものように含み笑いを浮かべてボクたちのやり取りを見ている。
「さて、このことで何が言いたいかというと、現金でメダルを購入してそのメダルでクジを引いている間は1回百円で引いているが、当たりを引いて貰ったメダルで引くクジは換金額に準じて1回七十円で引いているということだ」
少し話がややこしい。一枚百円で買ったメダルで引くクジは1回百円。貰ったメダルで引くクジは換金額と同じ1回七十円。
いや、ちっともややこしくない。下駄さんの言い方が(いつも通り)話をややこしくしてるだけで実際は単純な話だ。
「そうですね、理解しました。でも、それがなんでパチプロの武器になるんですか?」
ボクとしては当たり前の疑問だ。
「そこまでわかればもうわかるだろ。パチプロは一日に引くクジの多くを七十円で引いてるんだ」
一日に引くクジの多くを七十円で引いている。つまり多くのクジを当たりで貰ったメダルで引いているということだろうか。
「例えば千円で11回引けるクジがあって当たれば千円貰えるなら、千円使うごとに百円の利益が出る話はしたよな?」
一万円で110回引いた時点で11回当たるので一万千円貰えて千円の利益が出るというやつだ。パチプロはこのクジのような台を打って稼いでいる。
「はい、覚えてます」
「千円ごとに百円の利益ということは1回クジを引くごとに十円の利益になるということだ」
百円割る10回で1回十円。確かにそうなる。ボクは理解していることを示すためにいつもよりも力強く頷く。
「では、次。千円で10枚のメダルが買えて一枚で1回引けるクジがある。換金するとメダル一枚七十円とする。さっきのパターンだな……この場合、クジを一回引くごとにいくらのマイナスになるかわかるか?」
ボクは呼吸ひとつする間も開けずに答える。
「十枚のメダルで10回引いて1回当たり、十枚のメダルを得て換金額が七百円なのでマイナス三百円。それを引いた回数の十で割るのでクジ1回ごとにマイナス三十円です」
下駄さんのややこしい話し方のおかげで同じような話を繰り返し何回も聞いていることが良いプラクティスとなってスムーズに計算が出来るようになってきた。これを意図してやっているのなら下駄さんは名コーチだが、実際がどうなのかはわからない。
「うん、確かにそうだが、それは当たった時点でクジを引くのをやめて換金した場合だ。じゃあクジを50回引くまでやめない人の場合はどうなる?」
クジを50回まで……か。
えーと、最初に千円を払って十枚のメダルを買って10回目で当たり、それを50回まで繰り返して換金する。
いや、そんな難しく考えずとも途中何回クジを引こうが収支は常に最初に買った十枚の千円引く換金した七百円のマイナス三百円だ。
「収支は何回引こうが変わらないですよね」ボクが言うと下駄さんはそうじゃないという風に首を振る。
「リュック、今回聞いてるのはトータル収支じゃない。クジを一回引くごとにいくらのマイナスになるか、だ」
そうだ。そうだった。50回引いて三百円のマイナスなので三百割る50回は……あっ。
計算で出てきた数字にボクは思わず声をあげた。
「そうだ、同じ条件のくじ引きでも、換金せずに50回引くだけで、クジを一回引くごとにマイナス三十円だったのが、たったのマイナス六円になるんだ……なっ!」
ボクの地図に宝箱へ向かう為の新たな手がかりが書き込まれ始めた。




