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銀の放物線  作者: 加藤あまのすけ
31/82

シャリの部分に丁寧にわさびを塗る

「でた、ももクロ!」と言って笑う下駄さん。

 これはどう考えてもバカにされているとしか思えない。抗議の気持ちを込めてボクがムッとした顔をすると、


「いや、実際、リュックのそのももクロ並の純粋さは長所なんだ」


 と、鹿の剥製のような無感情な顔で下駄さんは言った。


「長所という割にはバカにしてるじゃないですか」


 そうだ、思い出した。ボクの中でなかったことにしてしまっていたが、野々村議員のことにしてもそうだった。


「パチンコ屋には勝ちたいと思って来てる奴が殆どだが、それに反して勝つ為のパチンコが出来てる人間は、ほぼ、いない」


 下駄さんはボクの抗議は完全に無視してレーンからトロサーモンの握りを取りながら言った。ボクが食べているのを見て自分も食べたくなったのだろう。


「そのくせそういう人間の大半はパチンコが確率のゲームだと教えても信じようとせずに、いつまでも占いだの魚群だのとオカルトばかり言って負け続けるんです」


 語気を強くしてゴン太君が割って入る。


「本当にリュックさんのように素直に人の意見を受け入れる人は珍しいんです。大抵の人はパチンコは完全確率ではないと頑なに信じ込んでいます。取り憑かれていると言ってもいいくらいです」


 このことに関して何か強い思いがあるのだろうか。ゴン太君が自分からこれほど熱く話をするのを初めてみた。


「でもな、そんな素直なリュックでも今日のパチンコの打ち方では、いずれ『完全確率』を信じられなくなる可能性が高い」


 下駄さんは俯いて少し寂しそうに言った。


 ん?いや、寂しそうに俯いたのではなく、トロサーモンのネタを剥がしてシャリの部分に丁寧にわさびを塗るために下を向いているだけのようだ。よくよく考えてみればこの人が寂しそうに俯くなどというナイーブさを持っているはずがない 。


 それはともかく、今日のようなパチンコの打ち方ではボクはいずれ完全確率を信じられなくなる……というのはどういうことだろうか。信じられなくなるどころか今日のボクは確率というものを重視して千円二十一回以上回る台を選んで打って勝利したではないか。


「だから今日はリュックを次の段階まで押し上げてやらなきゃと思って晩飯に誘ったんだ……なっ!」


 そう言いながら下駄さんはボクに向かってウインクをした。先日、おじさん顔のおばさんにウインクをされてなんとも言えない気持ちになったばかりだが、今度は本当のおじさんにウインクされてさらに困惑してしまい、富美男の時と同じように思わず目を逸らした。


 視線を外した先に例の隣の席の子供がいて目があった。子供は混じり気のない真っ直ぐな目でボクをじっと見つめている。そして、何かを悟ったように一度小さく頷いてからゆっくりと右手を顔の高さにあげて、空中に大きなZの文字を描くと、それをぶつけるようにボクを勢いよく指差した。


 店中に響き渡る『ゼーット』という元気な声と共に。


 下駄さんは丁寧にわさびを塗り終えたトロサーモンを口に入れると「あの子も、ももクロだなっ」と言って笑った。

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