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銀の放物線  作者: 加藤あまのすけ
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ボクは静かに涙を流しただけで

 風が暖かい。初冬ということもあり、震えるほど寒い日もあれば今日のように夏を思い出させるような日差しに照らされる日もある。

 ボクの今の状況も季節で言えば初冬にあたるのだろう。

 昨日のパチンコは凍えるほどに寒かった。収支は七万四千円の負けで懐まで極寒という有様だ。

 それでも今日もこうしてボクは朝からパチンコ屋に並んでいる。懲りない奴だと言ってしまえばそうなのだが、昨日の負けで踏ん切りがついたというか、改めてボクが進むべき方向を確認できた気がする。


 富美男のマジックも魅力的だし、鼻毛とヒゲが繋がったおじさんの理論も間違いではないのだろう。

 でも、やはりボクは下駄さんから教わった確率論を武器として戦っていくべきなのだ。

 それがなければボクはパチンコなどやっていないのだから。


 ふと前を見ると列の前方に背の高い若い男が並んでいるのが見えた。周りの人よりも頭ニつ分ほど背が高いのですぐに見つけられる。

 少し伸びをして見てみると、その隣には下駄さんの姿もある。

 背の高い若い男はボクの視線を感じたのか急に振り返りボクを見つけると下駄さんに向かって何か言っている。

 下駄さんはボクがそうしたように伸びをしてボクと目を合わせると、いつもの無駄にでかい声で


「おう、野々村議員、おはよう!」と叫んだ。


 野々村議員?えっ!?

 一瞬、頭の中に大きなハテナが浮かんだが、すぐに思い当たる。

 昨日、ボクは『1400回転も回したのに当たらない』と言って泣きながらパチンコを打っていたのを下駄さんに見られている。その泣き姿を野々村竜太郎と重ねてボクをそう呼んでいるに違いない。


 並んでいる周りの人達がざわつきながら野々村議員と呼ばれた人間を探している。


 恥ずかしい。


 ボクにはすでにリュックという立派なあだ名があるではないか。何故、今になって別の呼び名に変えるのだ。

 それに同じ泣き虫のキャラなら織田信成とか西田敏行とか徳光和夫などいくらでもいるじゃないか。

 よりによって野々村議員って……それにボクは静かに涙を流しただけで、あの人のように喚いたりはしていない。


 ボクは下駄さんの呼びかけを無視して下を向き、ついてもいない靴の泥を払う振りをしながら開店時間を待った。


 午前十時、開店。人の群れはライオンに追われるヌーの群れのように一斉に店内になだれ込む。ボクの鼓動は二割ほど早くなり、体温は五分上昇する。この瞬間の自分の顔を見ることはできないが、きっと目を輝かせ、少年のような笑顔を浮かべているに違いない。

 たくさんの靴と床が擦れる音が楽しげにシャッフルしている。

 ココナツの甘い匂いがボクの中枢神経を刺激して止まない。


 今日のボクのテーマは明確だ。海物語で千円二十一回以上回る台で打つ。この一点を厳守するだけだ。

 五十台ほどある海物語を端から順番に千円ずつ打っていく。

 回りにムラがあるので千円程度打ったくらいでは千円あたりの正確な回転率は判断できないのかもしれない。それでも今のボクに出来ることはそれくらいしか思いつかないので黙々と作業を続ける。


 ここまで五台を千円ずつ打った。一台目から順番に19、15、17、18、17回転。いずれも21回転には程遠い。ただ、焦る必要はない。勝つべくして勝てる台は一割にも満たないと下駄さんは言っていた。簡単に見つかるものではないだろう。

 そう自分を奮い立たせて六台目の台に移動しようと立ち上がったところで、すぐ後ろ側の列で打っていた下駄さんと目があった。


「おう、リュック、今日はやけにウロウロしてんだな」


 野々村議員ではなくリュックと呼ばれたことにホッとする。


「千円21回転以上回る台を探してるんです」


 ボクがそう伝えると下駄さんは驚喜の表情を浮かべ「ほっほーう」と遊牧民が羊を呼び寄せる時のような声を出した。




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