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銀の放物線  作者: 加藤あまのすけ
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富美男

 富美男。


 ボクは彼女をそう名付けて(心の中で)呼んでいた。


 その『梅沢富美男と同じ顔』をした富美男と出会ったのは、つい昨日のことだ。


 初めての勝利に歓喜したボクは翌日も近所の中学校で飼われているニワトリが鳴くよりも早く目を覚ましてパチンコ屋に駆け付けた。


 開店よりも三十分も前に店に並び、多くの仲間達(大半はおじいさんおばあさん)と一緒に白い息を吐きながら城門が開かれる瞬間を待つ。


 今日の門は気のせいかいつもより輝いて見えた。黄金の宝の輝きが門の隙間から溢れ出てしまっているのだろう。


 はやる気持ちが抑えられずに足がブルブルと小刻みに震える。

 寒いのもあるが、これが武者震いというものなのだろう。


 時計が十時を示すのと同時に店の奥から店員さんが現れて自動ドアの電源を入れた。

 一拍おいてからガラスドアはスッという音と共に開く。

 その動きはスムースで、もはやスローモーションになることはない。

 それはそうだ。このドアの先に危険などないことはすでに知っている。


 前日の勝利も手伝ってかボクは完全にテンションの上がった状態で店の中に駆け込んだ。

 冷静にならなければいけないと思いつつも舞い上がった心を抑えることは出来ない。


 ボクは小走りで昨日打った(千円九回のクジ箱と言われた)台の向かい側の端っこの台に座る。


 同じタイミングでボクの隣の席に四十代後半と思われる佇まいのおばさんが「ファー」と意味不明な言葉を叫びながら座った。

 その声に驚いておばさんの方を見るとボクの視線を感じたのかおばさんもこちらを向く。


 目が合う二人。


 そこには紛う事無きあの梅沢富美男の顔があった。

 いや、正確にはおばさんパーマのカツラを被った梅沢富美男だ。


 富美男はボクの驚いた顔を特に気にする様子もなく「わたし昨日この台で十三箱出したのよ」とバカボンパパみたいな声で言ってからガハハと豪快に笑った。

 大きく開いた口の中に銀歯が四本ほど見える。


 昨日ボクはドル箱三箱の出玉を獲得して喜んでいたが、富美男はそれよりも十箱も多く出したというのだ。


 富美男が異彩を放っているのはどうやら顔だけじゃない。


「凄いですね、ボクは初心者なんでそんなに勝ったことはないですよ」


 そうボクが言うと富美男は昨日の興奮が蘇ってきたのか、一際大きな声で早口に


「確変が十回も続いたんだから!昨日の流れが残ってるから今日も朝から出るわよ!」と言いながらボクの左肩をダウンジャケットの中の羽が飛び出すんじゃないかってほどに強くバンッバンッと二度叩いた。


 (確変というのは確率変動のことである。昨晩、ネットで調べたところ、この海物語の場合、奇数の図柄で当たった時は(数字は1から9まである)次の当たりがくるまで大当たり確率が38分の1に変動する。(偶数の場合や通常時は320分の1)よってすぐに次の大当たりが引けるわけで、奇数を引き続ければ芋ずる式に大当たりが続いていくことになる。確変(奇数)を引くか通常(偶数)を引くかの振り分け確率は確変が60%通常が40%とのこと。


 つまり富美男が昨日10連荘したというのは確率60%の奇数のほうを9回続けて引いたということになる。

 ボクはそれほど数学が得意ではないので、確率に関しても詳しくはないのだけど、9回連続60%の方を引く確率は多分1%にも満たない珍事のはずである)


 百回に一回の出来事だ。やはり富美男は只者ではない……。


 その強さには何かしら秘密があるのかも知れない。

 それを探ろうと自分の台を打ちながらバレないように横目で観察してみたのだが、富美男は台の前に座ったまま一向に玉を打とうとしない。


 ハンドルを握ることすらせずに何やら必死で台についているボタンを押している。


 一体なにをしているのだろう?

 ボタンを押す富美男の目は真剣そのものである。


 もはやバレないようになどということを忘れて完全にガン見してみると、富美男の台の液晶画面には『占い中』という文字が出ている。

 そして富美男がボタンを押すたびにその画面に泡がプクプクと浮かび上がっていくのが見える。


 これは何か秘密の匂いがする・・・。

 この人はボクの知らないパチンコに勝つ為の(或いは大当たりを連チャンさせる為の)特殊な能力を持っているに違いない。


 そう思って富美男の横顔を改めて見ると、とても神秘的な顔に見えてきたりしなくもなかった。





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