表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銀の放物線  作者: 加藤あまのすけ
12/82

毒の沼

 子供が明日の天気を占う時のように足を蹴り上げ靴を乱暴に脱ぎ捨て家に入る。

 別にあの店やあの店員に腹を立てているのではない。今の自分の状況に腹を立てているだけだ。


 上着を脱ぎ、手も洗わずに炊飯器からご飯をよそってちゃぶ台の上に置く。


 休職してから漠然と感じていたことが目に見える形でハッキリと示された気がした。

 この社会では仕事をしていない者は、一人前の人間として扱われない。

 それどころか、人がこの世に生まれ、生きる意味の大半は仕事をすることであると言っても過言ではない。


 今朝、作っておいた味噌汁を軽く温め直してお椀に入れてちゃぶ台の上に置く。


 かつてボクがリスクを恐れて夢を追うことを避けている時、社会の大人達は夢を持っていることは幸せなのだと繰り返し言った。

 夢を持つことは素晴らしいことであると口を揃えて説いてきた。


 コンビニで買った餃子とサラダとノンアルコールビールを袋から出してそのままちゃぶ台の上に並べる。電子レンジはあるが、温める手間をかける気にはならない。


 この社会において夢というのは仕事だ。俳優も歌手もレンタルビデオ屋の店員も、全部、職業だ。

 将来はうまい棒を大人買いして嫌ってほど食べまくりたいです!という夢を熱心に語っても誰も褒めてはくれない。それは幸せなことだとも言わない。

 夢は職業でなければならないし、職業である夢を持っていることだけが幸せだと称えられる。


 割り箸を割り、ぬるくなったビールを一口飲んでから同じようにぬるくなった餃子を口に入れる。


 つまり、幸せ=夢=仕事というこの社会の構造において、やりがいのある仕事をしていることこそが人間の一番の幸せだということなのだ。

 確かに、この世に生まれたからには何かを成し遂げて僅かでも良いから爪痕を残したいと思う。自分がこの世に生きていた証を残したいと思うのは当然のことだろう。

 そう考えると今現在、無職のボクは生きながらにして死んでいるようなものだった。


 もちろん、新たな仕事を探す為に時間は必要だろう。

 でも現状はただ意味もなく時間を浪費しているに過ぎない。

 今のボクは、この社会では認められない人間であり、ビデオすら借りることができないダメ人間である。熱海殺人事件というふざけたタイトルのビデオすら借りることができない屑なのだ。


 ボクが自分の存在意義を見出せずに辞めようとしている役所の仕事は、多くの人の役に立つ『立派な仕事』だと今になってわかった気がする。

 自分にしか出来ない仕事じゃなければ嫌だなどという考えは単なるエゴでしかないのかもしれない。

 人間として人の為になる仕事を出来ていただけで、ボクは十分に幸せだったのだ。

 敏腕所長の温情処置はボクがそのことに気づいて復職する可能性を考えてとってくれた行動だろう。

 そうであれば本当に敏腕すぎる。何もかもお見通しで、もはや敏腕どころか超能力所長という名が相応しい。


 ボクは残り二個となった餃子をまとめて口に入れて空きパックをゴミ箱に捨て、そのままちゃぶ台の横に寝転がり天井を眺めた。

 冒険に出て早々に毒の沼に嵌ってしまったような気持ちだった。持ち物を何度確認しても『どくけしそう』はない。


 口の中の二個の餃子は噛み砕かれて二個分の大きさの一個になり、ゆっくりと少しずつ(寝転んでいるからうまく飲み込めないせいだ)食道へと流れていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ