部活少女 (陸上部×陸上部)
日も暮れ落ちて夕方と夜の間の黄昏時。グラウンドにバチン! と点いた明かりに照らされ、外周から全速力でゴールしたのは陸上部の二人の少女だ。
風で乾いていた筈の汗は立ち止まった瞬間から止めどなく溢れ出し、ラストスパートで止めていた息を吐き出した瞬間、えも言われぬ息苦しさに体が激しく呼吸を繰り返す。
今、何かを話そうものなら確実に言葉にならない。
飲み込んでも飲み込んでも無くならない唾液、短い間隔で吐き出される二酸化炭素、何とか倒れまいと前屈みの姿勢のまま堪える少女達にマネージャーが慌ててタオルと水を与えた。
タオルを頭から被り、ペットボトルの蓋を覚束無い手付きで回して開ける。
勢いよく水を煽れば、冷たい液体が身体を血管ごと冷やしていくような感覚に目を閉じた。
気持ちいい。体も心もそう思う。
「わたし、も、みず」
「自分で開けなよ」
「だめ、て、うごかない」
「えー……もー……仕方ないなぁ」
まだ息の整わないチームメイトの為にペットボトルの蓋を開ける。なんで私が、と愚痴りつつ、毎回こうして開けてやるのが日常なのだ。
彼女の喉が水を飲む度、上下する。ごくり。ごくり。うまく飲み込みきれず雫が唇の端から喉を伝って皮膚を這う。
汗と混じって服に吸収されていくそれをジッと眺めて、ごくりと飲み込んだのは水か息か、それとも訳の分からぬ感情か。
何故か彼女のその姿に、ムラっと、するのだ。
(なんだこれ……)
激しい運動後の頭の中では理性よりも本能の方が強いのかもしれない。いやしかし、同性に対してこんな感情を持つことはおかしい。明らかにおかしい。
「ん……なに?」
「いや……別に」
思わず目を逸らし、最後の一口を飲み込む。
足りない。喉の乾きは水を煽れば煽るほど逆に酷くなっていく。
「飲む?」
彼女は少女の乾きがペットボトル一本では満たされない事を知っていた。半分以上残っている彼女の水を貰う。
あ。と気づいたけれど気付かないふりをした。
「間接きす」
ブッ、と水を吹き出す。変な所に水が入った。
噎せる。ツンとする鼻の奥と咳のしすぎで痛む喉に涙がこぼれた。
「あー……ごめんごめん」
なかなかに惨事となってしまった少女に彼女は申し訳なさそうに笑う。
少女は涙目で彼女を睨んだ。まだ噎せ続けているせいで話せはしなかったが、目は口ほどに物を言う。
「ふふっ」
薄暗がりでも分かってしまう赤い顔は決して運動後のせいだけではない。
涙で潤んだ瞳に怒りなんて更々含まれていない。
吹き出した水でしっとりと濡れた唇は何か言いたげに開いてみせるが、出てくるのは苦しげに繰り返される咳だけだ。
「別に女同士なんだから良いでしょ?」
「そ、だけど」
どうして恥ずかしいの?
その言い訳に納得がいかない?
「昨日も一昨日も、こうやってあげたじゃない」
少女は水がペットボトル一本分では足りなくて、
彼女は水がペットボトル一本分では多すぎる。
だからこうして毎回、彼女の残りの水を貰っていた。
「また明日もあげるわね」
明日も明後日も水を貰って、その唇をつけたペットボトルの飲み口に唇を付ける。
確かにそれは間接キスだ。
「……」
監督に呼ばれ離れていく彼女の背中を眺めながら、少女は残った水をちびちびと飲み込む。
乾いた喉がその一口ごとに癒され、満たされ、次第に体全体に潤いが広がっていく。
飲み口に触れた唇が熱い。
「……」
最後の一口が残ったペットボトルを名残惜しく思う。
彼女は気づいているのだろうか。確かにこの喉の乾きは本物だ。けれど、彼女のいない日は一本だけでも満たされる。
つまりは、そう、そういう事。