バカにしないから
朝のSHRで担任の先生から事務連絡があった。
「テスト週間で忙しいと思うけど、今日から昼休みと放課後に進路相談するから時間空けてね。順番はこの紙に書いてあるからあとで見といてね。あと、今から配る進路調査の紙もちゃんと埋めて持ってきてね」
先生が配った紙には“高校卒業後進学するか就職するか”、“進学する場合の志望校”、“将来の就職先”を書く欄があった。
「今日のSHRはこれで終わりです。ここに順番の紙を貼っとくから」
SHRが終わり、クラスのみんなはさっきもらった進路調査の紙の話をしていた。
「咲、璃菜、2人は進路とか決まってる?」
「まぁ、私は大体決めてるよ」
「え! なになに~」
「私は昔から国語の先生になりたかったの。書道も生かせるかなって思って」
「へぇ~。そうだったんだ。璃菜は?」
「私は看護師だよ! だから、看護学部のある大学か看護学校で迷ってる」
「優愛は? まだ決まってないの?」
「う~ん……。私、勉強できないからそもそも進学できるのかなーとか思ってて……。親もあきらめちゃってるってゆーか」
「でも! 優愛ってバスケ超出来るんだからスポーツ推薦とか来ちゃうかもよ」
「さすがに、スポーツ推薦はかからないよ。私には」
「決まっていないなら正直に書いていいんじゃない。まだ2年生の1学期だし、夏休み中に考えても大丈夫だよ」
「そうだよね。ありがとう」
優愛は2人がきちんと将来のことを決めて、それを口に出すことができることが羨ましかった。
***
「陽翔、今から進路相談なんだ。だから、放課後は――」
「俺も優愛の後だから教室で待っとくよ。俺が進路相談受けている間にこのプリント解いとけよ」
「うん! 分かった。じゃあ、行ってくるね」
優愛は陽翔が待ってくれると言って少し嬉しかった。
陽翔の進路相談も終わり、優愛はプリントを陽翔に渡した。プリントを受け取った陽翔は丸付けを始めた。
「陽翔は、進路とか決めてる?」
「ああ」
「何?」
「医者」
「陽翔、医者になりたいんだ」
何の迷いもなく“医者”と答えた陽翔はずっと前から自分の将来を見つめていたのだと優愛は思った。
「優愛は?」
「私は……。まだかな?」
「でも、この紙にはなんかいっぱい書いてんじゃん」
陽翔は優愛の目の前に置いてあった進路調査の紙を取って見ながら言った。
「ちょっと! 勝手に見ないでよ!」
優愛は返してもらおうと手を伸ばしたが、あっけなくかわされてしまった。
「保育士になりたいんだ」
「うん……」
「優愛だってちゃんと決めてんじゃん」
「でも、言ったらバカにするでしょ」
「しねーよ」
「するよ。だって、私、こんなバカだもん。進級すら怪しいのに大学なんて……」
「まぁ、このままだと大学は無理かもな」
「ほら。バカにするじゃん」
「でも、今、勉強してここまで出来るようになったじゃん」
陽翔はたった今丸付けが終わったプリントを優愛に見せた。
「たった1か月半じゃ正直何にも変わらないかと思ってたけど、優愛はここまで出来るようになったんだよ」
優愛はそのプリントを受け取った。最初は全く解けていなかった問題が今では解けるようになり、今日は初めて全問正解だった。
「何も変わらないって思ってたの? ひどいな~」
優愛はプリントで顔を隠しながら言った。
「だから俺は――」
陽翔が言いかけた時だった。優愛から鼻をすする音が小さく聞こえた。
「もしかして泣いてる?」
「泣いてない」
優愛は後ろを向いた。そして、目をこすっているのか手を顔の近くにもっていった。
「いや、泣いてんじゃん」
「だから、泣いてないって」
一向に認めない優愛の姿を見て、陽翔は少し笑った。
「じゃあ、泣いてないでいいよ。早く続きやるぞ」
「うん」
優愛も落ち着いてやっと顔を見せた。でも、その目は少し赤くはれていた。