立場逆転!?
特別授業を始めてから1か月が経った。星ヶ丘高校では運動会の準備週間に入り、授業が午前中で終わり、午後からは運動会の準備になっていた。
「やっぱり、午前中で授業が終わるのはサイコーだね! ずっと運動会の準備でいいよ~」「優愛、それ、去年も同じこと言ってたよね」
「でも、それ私もわかる~」
「だよね、璃菜!」
「今年の応援合戦のペアダンス誰かな?」
「優愛は去年、確か宮原くんだったよね」
「もう、匠とってもダンス下手だから大変だったんだよ」
「優愛はダンス習ってたから得意だもんね」
「へぇ~、そうなんだ! じゃあ、覚えられなかったら一緒に練習付き合ってよ」
「うん。いいよ」
3人が会話をしていたら、先輩たちがやってきて集合をかけた。そして、今年のペアダンスのペアが発表された。立ち位置も教えてもらい、いくつかのグループに分かれてダンスの練習に入った。
「陽翔、ダンスもよろしくね」
「おう」
優愛のダンスのペアは陽翔だった。楽しそうにしている優愛とは真逆で陽翔はいつものような強気が見られなかった。最初は簡単なダンスから先輩たちはゆっくり教えてくれた。ダンスが得意な優愛はすぐに覚えていった。しかし、隣にいる陽翔はぎこちない動きを繰り返していた。
「陽翔、大丈夫?」
「だ、大丈夫だよ。やっていけば慣れるから」
そしてしばらくして曲に合わせてダンスを踊ることになった。陽翔は1テンポ遅れてしまい、ペアダンスがなかなか合わなかった。
「今、ハイタッチして!」
「それ、もう少し後のフリだよ!」
ダンスの最中に優愛が陽翔に指摘しながら踊ったが、2人のペアダンスは1番の遅れをとっていた。その日はその1曲でダンスは終わったが、次の日にはまた違う曲のダンスの練習に入ってしまう。
「陽翔――」
「10分後教室な」
優愛は陽翔にダンスのことを言おうとしたが、放課後の授業の開始時間だけを告げてすぐに去って行ってしまった。
***
優愛は授業の開始時間に間に合わせるために璃菜と咲よりも早く更衣室に行き、着替えていた。
「あ! いたいた。優愛、私でもまだ踊れたよ~」
「よかったね。璃菜」
「どうしたの? なんか疲れてない?」
「咲、私はどうしたらいいの?」
「私でも踊れたんだから、優愛にとっては楽勝でしょ」
「そうじゃないの、璃菜。私のペアの相手がダメダメすぎて……」
「優愛のペアって、朝永くんだっけ?」
「朝永くんはダンスできるでしょ。運動神経いいんだし」
「私もそう思ってたよ。でも、あまりにもひどすぎて……。もうどうしたらいいのって感じ。去年の匠の方がまだマシだよ」
優愛は大きなため息をついた。
「へぇ~。朝永くんにも弱点があるなんて。意外だね」
「全部が完璧だったら逆に怖いじゃん! 私はギャップがあっていいと思うけどなぁ~」
「もう! 2人とも他人事だと思って! 思った以上に深刻なんだからね!」
「ごめん。ごめん」
「でも、私は見て見たいな。朝永くんのダンス」
「たぶん、見たら引くよ」
3人でしゃべりながら制服に着替えていたら、あっという間に10分が経っていた。
「やばっ! もう時間じゃん! 陽翔に怒られちゃう。じゃあ、私行くね。また明日!」
「うん。勉強頑張ってね」
「バイバーイ」
優愛は2人に別れを告げて、急いで教室に向かった。
***
2年5組の教室には電気がついていた。優愛は勢いよく扉を開けた。
「ごめん! 遅くなって」
優愛は少し息が上がっていた。
「別に、少しくらい遅れたくらいで怒らねーし」
「今日は化学だよね? すぐ準備する」
優愛はかばんから化学の教科書とプリントを引っ張り出してきた。
「じゃあ、始めよ」
「ああ」
1時間陽翔による授業を受けた優愛は帰る準備をしていた。でも、陽翔は動かず帰ろうとしなかった。
「陽翔、帰らないの?」
「いや……」
「そういえば、ペアダンスなんだけど……。その……」
優愛は陽翔が傷つかないように伝えようと言葉を選んでいたら、なかなか口に出せなかった。
「まだ時間ある?」
「へっ!?」
言葉を探していた優愛は陽翔の突然の質問をあまり聞き取ることができず、上ずった声が出てしまった。
「時間無いなら別にいいけど」
「あ、時間。私は全然大丈夫だけど」
陽翔は優愛の返事を聞いて無言で少しうなずいた。そしてそれからうつむいてしまった。
「え? 何か用事あるんじゃないの?」
「ダンス」
「ダンス? 運動会の?」
「ペアダンス、俺にお……さい」
陽翔はだんだんと声が小さくなっていった。優愛は最後の方は全く聞き取れず、首をかしげていた。しかし、話の流れや陽翔の表情から言いたいことがわかった。優愛はいたずらに陽翔に聞き返した。
「え? なんて言ったの? 最後の方聞き取れなかったんだけどー」
「だ、だから! ダンスを俺に……」
「俺に?」
「教えてください!」
「はい! よく言えました!」
「お前、調子乗るなよ。ダンスできるからって」
「私も勉強教えてって頼むとき同じくらい緊張したんだからね!」
優愛は陽翔の顔の前で人差し指をピンと立てて見せた。
「でも、陽翔から教えてって言ってくれてよかった」
「なんで?」
「だって、陽翔にどうやってダンス覚えてもらえればいいのか悩んでたし」
「去年はケガしてたからあまり参加しなかったから踊らずに済んだけど、今年は休むわけにはいかないし。しかも、ペアの相手が優愛だから」
「私だから?」
「優愛、ダンス上手なんだろ。まあ、実際うまかったけど。足引っ張れないなって思ったから」
陽翔の顔は少し赤くなっていた。そんな意外な一面を見た優愛は少し嬉しくなって微笑んだ。
「じゃあ、今日のペアダンス私が完璧にしてあげる!」
優愛と陽翔は誰もいない教室でペアダンスを学校が閉まるギリギリまで練習した。