今夜は飲むぞ! by守
俺は慌てて直人からスマホを奪い返して通話を終了させた。勘弁してくれよ。ったく。
「なんだよ。せっかく代わりに言ってやろうと思ったのに。」
直人がつまらなそうに言った。
「あのなあ、自分で言えないからといって、代わりに言われるのは、もっと恥ずかしいだろうが。」
「そうか〜?」
“そうか〜?”じゃねーよ。せっかくのほろ酔いが吹っ飛んだぞ。
「お前こそ、なんで結婚に踏み切らなかったんだよ?」
もうこの話題を終わらせたかったこともあって、俺は直人に切り返した。
「いきなり矛先向けるなよー。」
「いきなりじゃねーよ。久しぶりにお前の話も聞きたかったんだから。」
水割りをゴクリと飲んで喉を潤した。さっきので喉が渇いちまったからな。
「ん~…まあ、昼休みに話した通りだよ。結婚を考えるとピンと来なかった。そうこうしているうちに別れを切り出された。」
「予兆はなかったのかよ?」
「今思えば見合いしようかな、とか何回かほのめかしてたな。」
おいおい…。今思えばって。普通、気づくだろう。
「遊びのつもりでもなかったし、結婚がしたくないわけでもなかったけど。どうにも結婚と彼女が結びつかなくてな。守がうらやましいよ。」
「好き=結婚じゃねえのかよ?」
「ばっ…。そんなに簡単じゃねえよ。」
俺は奈々との結婚を割と早くから思い描いていて、社会人になるのを待ってプロポーズしただけに、直人の言うことがイマイチわからない。
「まさか、初めての相手が奈々ちゃんだったんじゃ…。」
「悪いかよ。」
直人が目を丸くする。キスまで初めてだったわけじゃないけど、そんなに驚くことねーだろ。
「すげーな。迷わなかったのか?」
「何を迷うんだよ?」
「色々と付き合ってみたいとか、思わなかったわけ?ほかの女と寝てみたいとか。」
「いや、そんなことは…。」
そりゃちょっとは思ったけど、何だかんだ言っても奈々しか考えられなかったんだ。
「モテなかったわけ?」
「それもある。」
「いや、そんなことないね。お前が“奈々ちゃん命!”を全面に出してたから誰も近寄らなかっただけだと思うぞ。」
知らないぞ。記憶にないぞ。そんなことは。俺は奈々がよかったし、少なくとも大学に入ってからは誰かに告られたことだってなかったぞ。
「だって…。」
「だって、なんだよ?」
「奈々よりもいい女、見たことねーし。」
「ハイハイ。ごちそーさま!それが“奈々ちゃん命”だっつーの!」
直人が水割りをぐいっとやって続けた。
「お前、今夜は飲むぞ!幸せなヤツは、俺に付き合え!」