ずっと欲しかったもの。by守
「よっしゃあ!」の朝食が済んで出勤する時間になった。奈々と桃菜に見送られる。これも朝の日課だ。
「やっと願いが叶った。」
「何が?」
問い返す奈々にそっと耳元でささやく。
「ずっと言い出せなかったけど、今日、桃菜のおかげで叶った。」
「なんのこと?」
ポカンとする奈々の隣で桃菜が嬉しそうに声を張り上げた。
「ママの、おはよーのチューよね。」
「さ、さて。行ってくる。」
改めて言われると気恥ずかしいな。欲を言えば唇にしてほしかったが、頬でもすげー嬉しかったんだ。そう。言い出せないまま時は流れ、家族が増え、桃菜のおかげで突然それは叶った。
「今日やっと願いが叶ったんだ。」
「願い?」
昼休みのこと。同期の小暮直人に言ったらがポカンとされた。あ。さすがにおぼえてねーか。
「まさか、あの乙女なアレ?」
「まあな。桃菜のおかげでな。」
「それはそれは。って、まだだったんかい!というより、まだ継続してたとはな。」
直人が爆笑する。笑われても仕方ないか。いいんだ。嬉しかったんだから。
「いいんだ。」
「お前、父親になっても乙女なんだな。どうりで朝から機嫌が良いわけだ。しかしなあ、告ることや、押し倒すことの方が難しいと俺は思うぞ?」
直人がまた笑う。
「照れくさいじゃねーか。お目覚めのキスしてくれなんてっ!」
「…落ち着けよ。」
直人の声にハッとして見回すと店内がシーンとしている。しまった。思わず声が大きくなったようだ。
「ここで大きな声で言えることを、どうして何年も言えなかったんだよ。」
「自分でもわかんねーよ。」
本当に自分でもわかんねーよ。下世話な話、オナラやゲップはできるのに、こんなこと言えなかったなんて。
「まあ、そういうのが、新鮮さの秘訣なのかもな。」
直人が羨ましそうに言う。
「お前は最近どうなんだよ?」
「別に。興味がないわけじゃないんだけど、ピンと来ないのに騒がれてもめんどくさいから。」
同期一のイイ男は、まだ結婚する気はないらしい。気楽に付き合える年齢でもなくなりつつあるから、それもわかる。俺たちの結婚式の二次会で女性陣の人気をかっさらっていった男、直人。あの日も誰とも連絡先を交換せずに、男同士で三次会に消えていったんだよな。
そんなことを思い出しながらセットのコーヒーを飲んでいるとLINEが着信を告げた。
『週末、二人でお邪魔して良いですか?桃菜ちゃんの好きなケーキは何ですか?』
宮迫からだ。宮迫は時々こうして、のりちゃんと遊びに来るようになった。しかし珍しいな。いつもなら奈々経由なのに。