お目覚めのチュー。
「パパー。起きてー。」
声とともに頬に柔らかい感触がした。
「おはよーのチュー!」
目を開けると、愛娘の桃菜の笑顔があった。桃菜と名付けた愛娘は、もうすぐ2歳になろうとしていた。女の子だからか、言葉が早く、発音こそ怪しいが、よくしゃべる。
「ママもしてくれたらなあ。」
起き上がり、桃菜を膝に乗せてつぶやく。
「ママー!パパがチューちてってー!」
桃菜は俺の膝からぴょこんと飛び降りて走って行った。チマチマと走って行く後ろ姿を目で追っていると、桃菜はターナーを手にしたままの奈々の手を引いて戻ってきた。
「ママ!早く早く!」
「ちょっと、何?忙しいんだけど。」
「あのねえ。パパがママにおはよーのチューちてほしいんだって。」
「はあ?朝から何やってんのよ?私がバタバタしてるの知ってるでしょ?」
途端に奈々の表情が険しくなる。母になってからの奈々は、体型こそキープしているが、ちょっとたくましくなり、気も少々強くなり、肝っ玉母ちゃんになりつつある。
やべ。キレるか?
「ママ?笑って。怖い〜。パパにチューちて。」
桃菜が奈々の表情を見て泣きそうになって懇願する。
「仕方ないわね。もう!」
え…?
険しい声とは裏腹に、優しい感触が頬に当たった。
「は、早く起きてきて。トーストが冷めちゃう!」
奈々はくるりときびすを返すとキッチンへ戻っていった。
あ。これ「お目覚めのキス」じゃね?桃菜のおかげで突然、願いが叶ったぞ。
「よっしゃあ!」
一声叫んでから嬉々としてテーブルにつく。と、元気よく声を張り上げる桃菜がいた。
「よっしゃあ!」
手を合わせて叫んでからフォークに手を伸ばす。俺の真似をしているらしい。
「こら、いただきますでしょ。」
「よっしゃあ!」
それでもまた叫ぶ桃菜は可愛いが、これはイカンだろ。
「桃菜。パパと一緒にやるぞ。はい。“いただきます”!」
「いたらきめす!」
こんな言い間違いすら愛おしい。特に今日の桃菜は救世主だ。
今日は良い一日になりそうだ。