お袋。by守
「そりゃあ、体調の悪い時は仕方ないわよ。」
先ほどのことを話すと、お袋がコーヒーの入ったマグカップを俺の前に置き、言った。
階下のリビングにほぼ強引に招きいれられたのだ。
朝からガタガタとしていたことや、奈々の声が聞こえて、気になっていたらしい。
「奈々ちゃんが大声を出すなんて珍しいから、どうしたのかと思ってね。」
うつむく俺にお袋は続けた。
「お粥を食べさせたいのは、あなたの気持ちよね?奈々ちゃんの好みがあるんだし、調子の悪い時に苦手なものをガマンして食べる元気なんてないわよ。でも、あなたは何かしてあげたかった。」
俺は黙ってうなずく。
「お父さんと同じね。」
「え?」
「あなたがお腹にいたときに、つわりで寝ていたら、お父さんがクリームシチューを作って、ベッドまで運んできてくれてね。気持ちはうれしかったけど、サッパリしたものが食べたかったから、泣きそうだったわ。」
「クリームシチュー?!それはないだろ?」
そんな時にクリームシチューなんて。親父、なんてことを。
「そうでしょ?今日のお粥も同じことよ。でもね。奈々ちゃんは、あなたがお洗濯をしてみたことも、何か作ろうと思ったことも感謝しているはずよ。」
お袋が静かに微笑った。お袋の声がしみわたる。思えば、二世帯同居だから、物音が聞こえてないはずがない。いつも、何も言わずに見守られていたんだよな。
「さあさ。そんなにションボリしなさんな。イチゴかキウイかグレープフルーツだったかしら?」
「聞こえてたのかよ。」
「さすがにね。あんなに聞こえたことは初めてよ。すごく大きな声だったもの。キウイならあるわよ。持ってく?」
「ありがと…。」
最悪だな。まる聞こえとは。
「それにしても、あなたはそんなに何もできなかったかしら?家の手伝いは、していたわよね?」
「洗濯だけは初めてだったから。」
そう。お袋は、転勤などで急に一人暮らしをすることになった時のためにという名目でちょいちょい家の手伝いを言い渡してきた。掃除、買い物、簡単な料理。だから少しは自信があったのにこのザマ。くっそー。凹むなあ。
「そういえば、親父は?いねーの?」
「今日はゴルフなのよ。」
「今日も、だろ。相変わらずだな。」
親父は外では“仕事の鬼”で、ゴルフもたいていは接待ゴルフで、休日もほとんど家にいない。
「忙しいのは元気な証拠よ。あ。もう一杯、飲んでく?」
「あ、ああ。ありがとう。」
なんとなくまったりとしているとお袋がコーヒーのおかわりを淹れてくれた。
二世帯住宅に立て直したから、階下は実家とはいえ見慣れない場所だ。なのになぜか落ち着く。
「お料理は、食欲が出てきてからでいいじゃない。守の炒飯、お母さんは好きよ。」