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092純架の挑戦状事件01

   (二)『純架の挑戦状』事件




 ある日の午後、俺はホームルームを終えて自由を獲得した。喧騒(けんそう)の中、純架に声をかける。


「部室行こうぜ」


 純架は手を振った。ついでに頭と腰と膝も振った。


 人間か?


「僕と飯田さんは日直だよ。今日の鍵当番は君に任せるから、一足先に部室へ行っておいてくれたまえ」


 妙な含み笑いと共にそう告げると、黒板の掃除に取りかかった。何か楽しいことでもあったのだろうか。俺は仕方なしに職員室へ向かい、部室の鍵を借りてきた。そのまま幽霊のまどかの待つ旧棟1年5組――『探偵同好会』部室へと足を運ぶ。


 部室の前では先着の英二と結城が突っ立っていた。


「よう、楼路。さっさと鍵を開けろ」


「へいへい」


 俺はドアを解錠(かいじょう)して横にスライドさせた。


「あ、来よった来よった」


 まどかが早速姿を露わにする。俺は挙手して挨拶(あいさつ)しながら、ふと黒板に目をやった――


「何だこりゃ」


 そこには綺麗な筆跡でこう書かれていたのだ。


『22 08 50 24” 04 78 51 70 31” 51 50 小48 41 小80 小48 44 42” 18 38 98 52』


 英二も結城もこれに気づき、ぽかんと口を開けた。


「おい白石、これは何だ」


 まどかが英二に腕を組みながら答える。


「暗号や、暗号。昨日の鍵当番だった純架が、この部室を後にする際に残していったものや。『明日は日直で遅くなるから、先に部室に来た人たちに暇潰(ひまつぶ)しとして解いてもらいたい』って言うとったで」


 窓際の席を指差す。何やら分厚い封筒が置き去りにされていた。


「あれの中にヒントが入っとるちゅう話や。まあ暗号が解けなかった際の保険みたいなものやな」


 英二が腕まくりをした。封筒には近寄らない。


「面白そうだ。純架に勝つぞ、楼路。もちろんヒントなしで、だ」


 俺は苦笑した。


「そうだな、『探偵同好会』らしい活動といえるしな。やろうぜ、英二」


 俺たちは白いチョークで刻まれた問題文を睨んだ。英二が微動だにせず凝視する。


「まずはこれが何を表しているか、だ。日本語なのか、英語なのか、それとも他の言語か」


「そうだな。純架はあれでテストの成績悪いからな。英語はもちろん、他の言語も使っていないと見た。多分これ、全部日本語だと思う」


 英二はうなずいた。


「俺もそうだと思う。特にこの『”』は濁点で、『小』は小文字だと考えると、日本語の平仮名という蓋然性(がいぜんせい)が高い。まずこれで相違(そうい)ないはずだ」


 俺たちはその線に乗って先を進めた。英二の鋭い推理が部室を(つらぬ)く。


「そうなるとこの『小80 小48』は引っかかるな。小文字が二つ並んでいるわけだからな」


「ふむふむ。それで?」


「日本語の普通の使い方として『っぁ』とか『っゅ』、『っゃ』などがないように、捨て仮名はたいてい促音『っ』の前に来る。前にある『41』とあわせて3モーラ2音節と考えると、『小48』は小文字の『っ』で間違いあるまい。二回出ているが、多分そうだろう」


 なるほど、()えているな英二の奴。俺は問題が一つ解けて俄然(がぜん)やる気が出てきた。


「となると、今度は『なぜ「小48」が「っ」になるか』だな」


 結城は何も言わず、じっと俺たちの解読作業を見守っている。ご主人様の邪魔をするような無粋(ぶすい)を避けているのだろう。


 一方まどかは臆面(おくめん)もなく割り込んできた。


「この『4』は五十音の『た』の行と考えられへんか? 五十音は『あ』『か』『さ』『た』と並んどるから、『た』は4番目。そうすると『8』で『っ』を表していると見てよさそうじゃあらへんか?」


 英二は冷めている。


「じゃあ『08』は五十音の外になってしまうぞ。『0』なんだからな」


「あ、そやな……」


 俺はフォローした。


「考え方は悪くないかもしれない。数字はどれも二桁だから、前半と後半で分ける、というのはありだと思う」


 英二は首肯(しゅこう)した。


「他に何か拾えないか? 見落としている法則があるはずだ」


「そうだな……。ん? 待てよ、こいつは……」


 俺は少し興奮した。英二がこちらを見やる。


「何か分かったか?」


「全ての数字の後ろ半分を見るんだ。『2、8、0、4、4、8、1、0、1、1、0、8、1、0、8、4、2、8、8,8、2』だ」


「ほう、こいつは面白いな。『0』『1』『2』『4』『8』の五種類の数字しか使われていない」


「これらに共通するのは何だろう?」


「さっぱり分からん」


 英二はあごを()でた。


「しかし、いよいよ後ろ半分と前半分は別物と考えてよさそうだ。前半分に注目すると……。『2、0、5、2、0、7、5、7、3、5、5、4、4、8、4、4、4、1、3、9、5』だな。0から9が6以外揃っている」


「0から9か。0から9……」


 俺は思い当たり、快哉(かいさい)を叫んだ。


「これは……!」


 英二が俺の発見を問いただす。


「どうした」


「電話だ! 電話のプッシュボタンを示してるんだ!」


 英二が拳で平手を打った。


「なるほど、その線はいけそうだ。携帯電話……スマホにおける文字入力と数字入力は同じ区切りで対応する。『1』は『あ』、『2』は『か』、『3』は『さ』……といった具合にな。となると、この前半部分はこうなるな。『か、わ、な、が、わ、ま、な、ま、ざ、な、な、た、た、や、た、た、た、あ、さ、ら、な』」


「まだ意味不明か」


「やはり後半部の『0』『1』『2』『4』『8』が関係あるようだ。平仮名の『あ』行が『あ』『い』『う』『え』『お』の五つに分かれているように、この5種類の数字がそれを指しているものだとしたら……」


「じゃ、元の『小48』――『っ』に戻ってみるか。『4』はスマホの『た』行だから、『8』は『つ』を指すことになる」


「なぜ『8』で『つ』になるんだ?」


 といいつつ英二はスマホをいじる。唐突(とうとつ)に叫んだ。


「分かった! そういうことか」


「何が分かったんだ?」


「フリック入力だ。暗号文の各数字後半にあるのは、スマホの日本語フリック入力の方向を示しているんだ」


「というと?」


「『つ』が『8』なのは、『つ』が『た』を押した後に表示される上下左右四方向の『上』に当たるからだ。つまり、『8』は『上』ってことだ」


 この英二の発見に血行が促進(そくしん)された気分だった。英二が続ける。


「他の文字に当てはめてみよう」


 そういって黒板の余白に書き出した。


「『上8』『左4』『下2』『右1』『押さない=0』、と。これでチェックだ」


 俺は期待に胸膨らませて読み上げた。


「ええと、『こ、ん、な、ぎ、を、む、ね、ま、ぜ、ね、な、っ、て、ゃ、っ、ち、ど、う、す、る、の』……」


 一転落胆(らくたん)する。


「駄目だ、『どうするの』以外文章になってないぜ」


 英二はめげない。


「じゃあ左右逆の『上8』『右4』『下2』『左1』でやってみよう」


 そうして俺たちは再び暗号文を読み上げた。今度は意味が通った。俺たちはとうとう暗号を解いたのだ。


 そこへ純架と奈緒が入ってきた。


「やあやあ、遅れて済まない。おや、どうやら暗号を解いたようだね」


 俺と英二は仏頂面(ぶっちょうづら)だ。英二が(けん)のある声を(つむ)ぎ出す。


「ああ、解いたぞ。どういうつもりだ」


 俺はイライラを隠さない。


「純架、この暗号の答えはこうだ。『こんなげーむにまじになっちゃってどうするの』!」


 純架は大いに笑った。


「そのままの意味じゃないかね! 何を真面目に暗号なんか解いてるのさ。さあ、『レトロフリーク』も買ってきたし、ファミリーコンピュータの名作ゲームで遊ぶとしようよ」


 純架はゲーム機を置き、ヒントの分厚い封筒を開封する。中から出てきたのは伝説的な駄作として知られている、タイトーのファミコンカセット『たけしの挑戦状』だ。


「このゲームのエンディングを先取りして、教養が深まったよね、お二人さん。以上がこの事件の全貌だよ。さ、みんなで楽しもう!」


 奈緒が突っ込みを入れた。


「肝心の画面がないじゃない」


 純架はスケート選手の失敗のように、派手にずっこけた。

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