090割れた壷事件04
田浦教頭は登山好きで体は頑健という。中肉中背で、遠近両用眼鏡をかけている。髭が濃いが優しい目をしており、黒く染めた髪はバーコード状だ。
「見たことあるな。君、名前は?」
純架は礼儀正しく返した。
「1年3組の桐木純架です。こちらは友達の朱雀楼路君」
教頭は手の平を拳骨で叩いた。
「ああ、『渋山台高校生徒新聞』で拝見したよ。綺麗な顔してるからすぐ思い出した。何だい、君らも花をめでに来たのかい?」
「いえ、今日の昼休みのことをうかがいに来ましたので」
教頭は笑みを引っ込め、怪訝そうな顔になった。
「何だいそりゃ。昼に何かあったのかい?」
純架は平静を保って質問する。
「どうですか教頭。昼休み、どこで何をしていましたか?」
「昼はベンチで1年1組の青柳先生と話していたよ。弁当を食いながらね。ねえ、昼に何かあったのかい?」
もし教頭が犯人だったとしても、これほどナチュラルなすっとぼけはできまい。俺は脳裏の容疑者リストから田浦教頭の名前を消した。
純架は教頭にお辞儀をすると、グラウンドの方へ歩き出した。
「昼休みなら保健室で寝ていたよ」
野球のノックから一時離れてもらい、俺たちは占部先生に回答を求めていた。
占部先生は小麦色の肌で、鍛え上げられた筋肉を誇る。頭が長方体のようで横に長い。角刈りの黒髪、つぶらな瞳で鼻が短く鼻下が長い。簡単に言えばブルドッグのようで、人相はあまりよろしくない。
「具合が悪かったんですか?」
純架は軽く問いかけた。占部先生が重々しく点頭する。
「この正月、脳に腫瘍が見つかってな。入院して手術で取り除いてもらったんだ。癌じゃないのが不幸中の幸いだったが、おかげで長期間まずい病院食をとるはめになったよ。それ以来何だかひ弱になっちまって、今日も気分が悪かったので昼を食わず保健室で寝ていたんだ。保健の先生に聞いてみればいい」
「では後でそうします」
純架は嘘を許さぬ態度を見せたが、占部先生は感応しなかった。
「話がそれだけなら、もう部活に戻りたいんだが」
「ああ、すみません。ノックの続きをどうぞ」
占部先生がバットを手に生徒と交代する。バッターボックスから快音を響かせた。
最後はテニス部顧問の藤松峰子先生だった。3年2組担任の国語教師で、淑女として常に清潔な服装を心がけている。体型はやや太り気味だ。髪は真っ白だが豊富で、ウィッグをつけていることが看取される。切れ長の目で鼻は丸く、真っ赤な口紅は気持ち程度塗られていた。今年58歳になったらしい。
俺たちは大声で指導する藤松先生に近寄り、「内密な話」と称してコート脇まで引っ張った。先生は不満たらたらだ。
「何なの、聞きたいことって」
声音が鋭い。純架は今まで同様、今日の昼休みをどう過ごしたかを率直に尋ねた。
「私はテニス部の三宅さん、鍋島さんと一緒に校庭でお弁当を食べていたわ。最近テニス部の皆がたるんでるので、気持ちを盛り上げようって相談してたの」
「それは昼休みになってすぐ?」
藤松先生はむっとした。
「授業を終えて職員室へ戻り、お弁当を持って二人と落ち合ったから、すぐといえばすぐね。その後校庭に三人で出たわ。……疑うなら三宅さんたちに聞いて」
「そうしましょう」
この純架の答えに、藤松先生は無制限に思えた忍耐を使い切った。
「随分な話ね!」
「形式的なことですので」
純架は動じない。藤松先生はおかんむりで二人を呼び寄せ、彼女の話の裏づけを喋らせた。
「ありがとうございました」
純架の形ばかりではない一礼に、藤松先生の心の火は僅かばかり沈静化した。
「じゃ、私はテニス部に戻るから。あんたたちも早く帰りなさい」
その後、純架と俺は青柳先生、保健の先生にアリバイの裏を取った。その結果田浦教頭と占部先生の話は事実であることが判明し、ここに五人の容疑者は晴れて全員無実となった。
藍色の幕が天から垂れ下がる頃、俺たちは下校前の最後の仕事として、校舎裏の校長室の窓を調べた。中は真っ暗で、校長が一時席を離れていることがうかがえた。
純架がぼそりと呟いた。
「とりあえず今日の成果は、校長がリストアップした容疑者五人全員が関係なかったってことだね。捜査は明日からまた仕切り直してやっていくしかない。今日のところは帰ろうよ、楼路君」
「そうだな、まだ始まったばかりだからな。早々簡単には解決できないだろうよ」
「僕は藤松先生が怪しいと思っていたんだけどね」
「それはまた、何でだ?」
「白い毛さ。壷の残骸から拾ったこいつは、藤松先生のウィッグの一部だと思ったんだ。でもどうやら関係なさそうだね――というのは色が違ってるからなんだけど」
純架は落胆を隠せないでいる。
と、そのときだった。
「ニャー……」
足元にいつの間にか白い猫が近づいてきていた。野良猫だ。餌をねだっているのか、純架のすねに身を寄せる。
純架は背後から散弾銃で撃たれたかのように目を見開いた。
「これだ!」
純架は猫を無視して俺の手首を掴み、校舎裏から外へ引きずっていった。俺は『探偵同好会』会長の急変にびっくりした。
「おい、どうした純架! 何か分かったのか」
「職員室だ! まだ先生が何人か残っているはずだよ」
昇降口でもどかしく履き替える。俺は黙ってついていった。純架は明らかに、この事件の真相を掴んでいる。それが肌で実感できた。
「何だ桐木、まだ帰ってなかったのか」
職員室では宮古先生他数名の教師が仕事していた。純架は呼吸を整えてからまくし立てた。
「先生、校長はいつも昼休みに何してます?」
「校長? 昼休み?」
「何か変わったところはないですか?」
別の先生が答えた。
「校長なら毎日校長室にこもって一人で昼飯を摂ってるぞ」
純架の目が輝く。
「校長室の鍵をかけて、ですよね?」
青柳先生が莞爾とした。
「よくそんなことが分かるな、桐木。その通り、校長は昼休みに自室のドアに鍵をかけているぞ。前に何度か用事があって訪ねたが、毎回鍵を開けてもらわなきゃならなかった。中で何してるのか皆不審がってたな」
「もう一つうかがいます。校舎付近に野良猫がいますが、餌はあげてますか?」
「まさか。野良猫に餌を与えてはならないと、この学校のみならず周辺でも決まりがあるだろ」
純架は俺に笑いかけた。
「どうやら今日中に解決できそうだね」




