073廃校の恐怖事件02
「ただし! この肝試し、男女ペアで行ってもらう」
集まった1年3組の生徒たちは、大小の差はあれ皆一斉に硬直した。どうやら久川の真の目的はこれだったらしい。肝試しにかこつけてカップルを生み出そうというのだ。
「すでに相方がいる幸福な奴らは俺の右へ。相方がいない寂しい奴らは俺の左に集まって相手を見繕え」
俺は久川の左に移動した。純架、奈緒も同様だ。俺は誰よりも早く奈緒にささやいた。
「飯田さん、一緒に行こう」
「えっ?」
奈緒はクラスの重鎮で、男女それぞれから人気が高い。ぼうっとしていたら他の誰かに取られてしまう。そんな危惧からほとんど反射的に誘ったのだが、ちょっと性急過ぎたかもしれない。
しかし奈緒は、暗い中でも目立つ美しい微笑で承諾してくれた。
「うん、いいよ。ペア決定ね。……でも、一つお願い聞いてくれる?」
何だろう。
「校舎に入ってる間、私と手を繋いで。私、こういう怖いの駄目な方だから……」
嬉しいお願いだった。俺は二つ返事でオーケーした。
「そんなことならお安い御用だよ。大丈夫、俺がついてる。怖いものなんて何一つないさ」
奈緒は微笑んでうなずいた。
英二は結城と行くらしい。同行を求める黒服たちを説き伏せていた。
「俺だけ護衛を何人も連れていくわけにはいかないだろう。純架に笑われてしまう」
その純架は相手を得られぬまま一人残ってしまった。彼の日頃の奇行癖からすれば当然の結果だ。これを久川は気にかけたらしい。
「桐木だけ一人で行かせるのもなあ……。あ、そうだ。君、眼鏡でデジカメのそこの人」
意気阻喪状態の辰野日向は、最初自分が呼ばれているとは察知できなかったようだ。
「私ですか?」
「そう、君って確か1組から特別に同行しているんだったよね。悪いんだけど、桐木のパートナーを務めてもらえないかな」
日向は言下に拒絶した。
「無理、無理です無理! その、桐木さんと一緒なのは別に構わないんですが、廃校に入るのはちょっと……」
「そこを何とか! 桐木も一人じゃ寂しいだろうし」
「でも……」
純架は数十年前に発売されたカシオのポケットコンピュータ『PB-100』でゲーム・プログラムを遊んでいる。
渋い趣味だ。
「久川君、僕は辞退するよ。何、この程度の挫折なら今まで何度もあったし」
日向が苦情を申し立てた。
「そんな言い方されたら困ります」
地獄の釜で煮られているような辛そうな表情で立ち尽くす。どうにも決断が下せないらしい。だが最後には逡巡を断ち切るように言った。
「……分かりました。私も桐木さんとのペアで参加します」
涙ぐみながらも快諾した日向に、久川は会心の笑みを浮かべた。
「そうこなくちゃ! よし、これで全員ペア組み決まったな」
久川本人は小枝さんを相方とした。ちゃっかり意中の人をゲットしている辺り抜け目がない。
細長い箸のようなものが10数本入ったコップを取り出す。
「次は順番だ。赤いのを引いた組から入ってもらう。決まるたびに無印を一本減らし、最後まで確定させるぞ」
こうして校舎に乗り込む順番も決まると、久川はスマホで仕掛け人たちに連絡した。
「どのペアが何番手で入るか知らせたんだ。より的確な脅かしができるようにね」
悪魔の尻尾でも生やしているんじゃないかと思わせる、相変わらずの久川だった。
日向の参戦で『探偵同好会』は全員がこの肝試しに挑むこととなった。英二と日向が卒倒寸前、奈緒が体を震わせ、俺と純架、それから結城がへっちゃらだった。
先陣を切って入っていったのは藤沢・玉里ペアだった。懐中電灯の細長いトンネルのような光だけを頼りに、1階廊下へ進んでいく。すぐ死角に入った。
「きゃああっ!」
玉里の金属的な悲鳴が響き渡る。待機組から一斉に恐怖のうめきが立ち昇った。久川はもみ手している。
「これこれ、こういうのを待ってたんだ」
その後何回も恐怖の叫び声が校内を貫通した。約10分後に2階から帰ってきたときには、藤沢も玉里も腰を抜かす寸前で、お互い支えあわねばならない有様だった。俺たちクラスメイトの前で崩れるようにしゃがみ込む。
「ひどいよ、仕掛け人の連中……」
久川が豪快に笑った。
「よし、どんどんいこう! 次のペア!」
こうして夜のしじまに高校生たちの阿鼻叫喚が奏でられることとなった。すでに終わった組は、どんなおどかしが待っているのか口外を禁じられているため、話したくてうずうずしているようだ。
小平・花島ペアが帰着して、いよいよ俺と奈緒の番となった。久川がにやにやしている。
「おい朱雀。もし絶叫を上げたら牛丼おごれよ」
「こっちこそ、上げなかったら親子丼な」
そして俺と奈緒は、懐中電灯を手に真っ暗闇の廊下へ踏み出した。奈緒のやわらかい手が俺の指を握り締める。俺の心臓はいんちき幽霊よりそちらの方でダンスした。
一階には3年生の各クラスがある。3-Aを通過すると、3-Bの教室の廊下に妙なものを発見した。
「コーンだ」
道路などにたまに置かれている、進入禁止を表す赤い円錐の置き物。それが行く手を塞いでいるのだ。一方、3-Bの手前のドアは開いている。
「中を通っていけってことじゃない?」
俺の手を握る強さが増した。俺は勇気百倍、でも雰囲気を壊さぬよう慎重に3-Bへ踏み入った。光を当ててみると、奥のドアも開きっ放しだ。わざわざ室内に誘導した辺り、何か伏せられている蓋然性が高いが……。
「わっ!」
髑髏の怪人が突如闇の中から現れ、絶叫しつつ飛び出してきた!
「きゃあっ!」
奈緒が悲鳴を発し、俺の腕にしがみつく。俺はさすがに驚いたが奈緒ほどではなく、頭の中の少し冷静な部分で相手の相貌を観察した。
「壱塚か?」
髑髏のメイクをした、それはクラスメイトの壱塚雄大だった。かつらで髪を隠し、黒い長袖シャツに白い骨格を描きこんでいる。残念そうにつぶやいた。
「ちぇっ、やっぱり肝が据わってるな、朱雀は。もっと怖がれよな」
「お勤めご苦労さん」
俺は壱塚の肩を軽く叩くと、奈緒を引きずるように廊下へ舞い戻った。手を繋ぐどころではない、奈緒の豊かな胸が俺の腕に密着している。至福の感触だった。
次の変事は3-D前の廊下に差し掛かったときだ。突如室内からガラスの砕け散る音が聞こえてきたのだ。甲高い硬質なそれに、奈緒はびくりと跳ねた。より強く俺の上腕を抱き締めながら、少し呆れたように言う。
「……本当に平気なんだね、朱雀君。見直しちゃった」
ん? 見直した、ということは、俺は今まで奈緒からどのように見られていたのだろう? まあ、評価に加点できたわけだし良しとするか。
それにしても自分でも鈍感なのかと思うほど、俺はこういう驚かしに免疫があった。普段純架の奇行を目の当たりにするうちに、驚愕するという感覚が麻痺してきたのかもしれない。
「次は2階への生徒用階段か……」
まるで恋人同士のように俺と奈緒はぴったり寄り添い合い、階段を一歩一歩踏み締めていく。
そのときだ。
「逃ーげーるーなーっ!」
階段の下から白い死に装束の女が、長い黒髪を振り乱して駆け上がってきたのだ。
「ひぃっ!」
奈緒はすくみ上がり、俺の腕を信じられない力で引っ張りつつ、二段抜かしで階段を上っていった。こんなに運動神経がいいのか、と俺は追走しながら感心した。彼女は泳ぎが達者でないだけに意外に感じる。
上階に到達して振り返ると、女は踊り場で立ち止まり、きびすを返すところだった。もうこれ以上の追跡をかけてはこないようだ。




