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071夏祭りの偶像事件04

「悪いね。それじゃ辰野さん、うちわにでもサインをもらったらいいよ」


 日向はかないそうな夢を拒絶した。その双眸(そうぼう)に怒りの炎がちらついている。


「本城さん、こんな人だったんですか? 桐木さん、なんで怒らないんですか。あんまりひどすぎるじゃないですか!」


 純架は綿飴を舐める。


「いいんだよ、辰野さん。護衛役を引き受けたのは僕の自由意志だからね。任務失敗は責められてしかるべきだよ。僕が彼の言う大役をしくじったのは確かだからね」


 日向はかたくなだった。


「でも……!」


 本城が(かん)に障る罵倒を紡ぐ。


「どうした、早くしろ。せっかくこのアイドル・本城隆明が対応するんだ。もたもたするな」


 俺は本城を殴りたくて仕方なかったが、純架や日向の手前、暴力を行使するわけにはいかない。本城はそんな俺を無視して続けた。


「それにしても落選野郎のお前に出番を用意してやったってのに……。失望したよ、桐木。ただこれで、友達は業界人に限るっていうのが証明されたから、その点だけは収穫かな」


 本城は興に乗ったのか、べらべらと余計なことを喋りだした。


「昔からお前は駄目な奴だったな、桐木。面接やオーディションで次々奇行を行なって、選考落ちの山を築いてたしな。お前の奇行癖はどうやら治ってないみたいだし、気持ち悪くて仕方ないね。ま、もう二度と会うこともないだろう。連絡もこれまでだ。やっぱり俺にふさわしいのは気心の知れた、融通の利く、対等の人間だな。お前はまったく情けない、グズな奴……」


 そこから先は続けられなかった。日向が風を切って、本城の腹に強烈なボディーブローを突き刺したのだ。


「ぐえっ」


 本城は不意打ちをみぞおちにもらい、くの字に折れてひざまずいた。口からぼたぼたと唾液が垂れ落ちる。日向が大喝(だいかつ)した。


「桐木さんを馬鹿にするなんて許せません! 撤回してください!」


「このアマ……!」


 純架が二人の間に割って入った。肩越しに日向をなだめる。


「まあまあ、辰野さん。暴力はいけないよ、暴力は。……ただ」


 本城を見下ろす目は冷え冷えと輝いていた。


「ただ、そこまでおとしめられてやり過ごせるほど、僕は善人でも温和な平和主義者でもないんでね」


 そうして純架は、綿飴を本城の髪にこすりつけたのだ。


「何しやがる!」


 本城が払いのけた。


「俺はアイドルだぞ! ふざけやがって……」


 べたべたの髪を不用意に触り、手もべとべとにして、本城は常の仮面をかなぐり捨てていた。


「お前ら……!」


 俺と奈緒、純架、日向は、侮蔑と軽蔑の視線で本城をにらみつける。多勢に無勢と感じたか、本城は『ウルトラさん』のお面を被りながら、早足で逃げ去った。


「覚えておけ!」


 独創性に欠けた捨て台詞を残し、彼は雑踏にまぎれていった。


「やれやれ、以上がこの事件の全貌かな」


 純架が胸に手を当ててつぶやく。


「これで本城君とは完全に絶交かな。どうも僕は友達を作りにくい性質(たち)らしい」


 珍しくしょげている。俺はその肩を叩いた。


「いいんだよ、ほっておこうぜ。何もこちらから這いつくばってすり寄ってまで、無理に作る必要はねえよ。友達なら俺らがいるだろ」


 やや弱々しい笑みで、純架はその眼差しを俺に合わせた。


「そうだね、本当にそうだ」


 でも、と繋ぐ。


「花火大会へのお誘い、楼路君はくれなかったよね。まあもしもらっても、飯田さんに断ったのと同じように拒否しただろうけど」


 俺は引きつった笑いでごまかした。奈緒と二人きりのデートを画策(かくさく)していたから、純架を誘わなかったのだ。


 彼はそっぽを向いた。


「まあいいけどね」


 花火は終盤を迎えていた。やけくそ気味の連弾が赤や緑や青の火炎を夜闇にまき散らしている。


 純架が日向に真面目くさって感謝した。


「そういえばさっきはありがとう、辰野さん。嬉しかったよ」


 このとき、日向は一人の少女として純架の顔を見上げている。


「いいえ……」


 その様を眺めながら、奈緒が俺に耳打ちした。


「この二人、ひょっとしたら……」


 純架が一転、気楽に述べる。


「どこで鍛えたんだい、あの見事なレバー打ち」


「近くのボクササイズのジムで、サンドバック相手に練習したんです」


「今度僕にも教えてよ。代わりに柔道技を教えるから」


 奈緒が盛大にため息を吐いた。


「駄目だこりゃ」


 俺たち四人はもう無駄話をやめ、天空の芸術に焦点を合わせた。


 と、俺の袖を誰かがつまんでいる。その方向に視線を転じると、奈緒が美しい横顔を見せていた。


「綺麗ね、朱雀君」


「ああ」


 俺は心臓の鼓動する音が高まったように感じて、落ち着きなく花火を眺める。


 こうして高校一年の夏祭りは、最後にとても意義深く、幻想的な閉幕を迎えたのだった。

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