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054生徒連続突き落とし事件10

 音楽教師の畑中祥子先生、『探偵同好会』会員で1年1組の辰野日向、1年2組の天音永久、2年2組の美又慶先輩。彼女らに続いて犠牲者の列に加わったのは、2年1組の綾本麗華(あやもと・れいか)先輩だ。大腿骨(だいたいこつ)骨折の重傷だった。


 実に五人が、この2週間の間にそれぞれ階段から転落したのだ。異常事態もここに極まった感がある。


「今回違っていたのは、昼休みに犯罪が行なわれたことだね。犯人もさすがに先生方が見張る放課後に実行するのは不可能だったんだろう」


 純架は帰り支度(じたく)をしている。


「犯人はまるでゲームをしているようだ。細い綱の上で曲芸をやっているようなものだよ。大胆極まりないね。絶対に捕まらない自信があるんだろう」


 鞄を閉じた。


「じゃあね、楼路君」


「えっ、一緒に帰らないのか?」


「僕は寄るところがあるから」


 俺はぴんと来た。


「渋山台病院に行って美又先輩と綾本先輩に聞き込みするんだな?」


「当たり」


「俺も行こうか?」


「君は帰宅して勉強でもしていたまえ。僕は中間テストで君に勝っているんだからね」


 嫌なことを思い出させて、純架は帰っていった。




 期末テストまであと一週間を切り、寝不足の生徒がちらほら見え出した頃、俺は睡魔と闘いながら英語の授業に(のぞ)んでいた。純架は成果があったのかなかったのか、うつらうつらと、こちらも眠たげにノートを広げていた。


 純架はまだまだ事件の解決をあきらめていない。あの奇体な変人は頭の中で、俺の知らない事件の真相について熟慮(じゅくりょ)しているのだろうか。それとも、次の奇行の構想を練っているのだろうか。前者であってほしいが、多分後者だろう。


 英二は物事を思い通りに進められず鬱屈(うっくつ)していた。『飯田奈緒犯人説』などという滅茶苦茶なものはすぐ放棄したが、さすがにそうと認めるのは恥ずかしいらしく、未だに奈緒へ謝罪していない。彼はすっかり手詰まりの状況になって、もはや捜査を続行しようなどとは考えていないらしかった。


 北上先生が難しい構文を解説している。窓から見える景色は光に満ち、カーテンがそよ風に揺れていた。穏やかな初夏の日――


「うおおっ!」


 野太い声とトラックが横転したような轟音が、遠くかすかに響いてきた。北上先生が「またか?」とチョークを置いた。


「自習してろ」


 そう言い残すと教室からせかせかと出ていった。俺と純架と奈緒はもちろん後をつけていく。2階から1階への階段の中間踊り場に、綾本先輩のときと同様、人影が倒れていた。俺たちは物陰からこっそり覗いた。


 男子生徒だ。尻餅(しりもち)をついているが、何か近寄りがたい独特のオーラをまとっていた。


「落とされたのか?」


 既に到着していた他の先生方が興奮しながら問いかける。男子生徒は答えた。


「そのようです」


 手首をしきりに押さえ、顔面を紅潮させている。どうやら骨折しているらしいが、気丈にも取り乱してはいなかった。先生の一人が感心したような目を向ける。


「一体どうしたんだ。なぜ授業中に教室から抜け出したんだ?」


「気分が悪かったので、先生に許可を得て1階の保健室に行こうとしたんです。そうしたら、階段で背中を突き飛ばされて……。後はもう、真っ逆さまでした」


 北上先生が熱を込める。


「犯人は? 犯人の顔は見なかったか? どこへ逃げていったんだ?」


 生徒はかぶりを振った。額の血がしたたる。


「いえ、残念ながら見る余裕はありませんでした」


 北上先生が肩を落とした。


「そうか……。ともかく病院へ行こう。立てるな?」


「はい」


 俺たちはこっそり教室へ戻った。


「初めて男が落とされたな」


 俺は気がはやって仕方なかった。これで6人目。今度は授業中。犯人はまさに神出鬼没(しんしゅつきぼつ)だ。一体どうやって獲物をしとめているのだろう?


 純架はしかし、俺とは違って熱量が低い。


「これで突き落とし魔の事件も終わりかな」


 奈緒が問いかける。


「どういう意味?」


 純架はため息をついた。


「テスト前に終わって良かったよ。明日は休みだから、皆で一緒に真犯人の元へ向かおう。都合が悪ければ別にいいけど……」


「ちょっと、真犯人って、もう目星(めぼし)はついてるの?」


「そうだよ」


 純架は平然と語った。


「でも、僕にも秘密主義があってね。どうせなら真犯人と対面するまでは、正体を明かさずいこうと思ってるんだ。茶目(ちゃめ)っ気として許してくれたまえ」


 俺は肩をもんだ。


「お前はいつもそうだな。まあいいや、それじゃ楽しみにしておくよ。都合ならもちろんいいに決まってる」




 その後、1年1組辰野日向が、北上先生からの情報を教えてくれた。


「今回突き落とされたのは、2年2組の黒沢敏勝(くろさわ・としかつ)先輩です。生徒会の書記を務めている方です。部活動に入らず、私塾に通っているそうで、成績は学年トップだとか」


 俺と純架と奈緒は放課後の3組でその報告を受けた。


「かなりの俊英(しゅんえい)ってとこか」


「私たちとは別世界の人間って感じね。手首を負傷して、書記なんてできないだろうし……お気の毒としかいいようがないわ」


 純架はまぶたにマジックで黒目を描いて、両目を閉じている。まるで起きているようだ。


 だからどうした。


「ともかく明日は桐木さんに真犯人を教えてもらえるんでしょう? 期待しちゃいますね」


 純架はいびきをかき始めた。どうやら一人夢の世界へ羽ばたいていったらしい。まったくこの男は……




 そうして日曜日、俺たちは渋山台駅で待ち合わせした。俺は涼しげな七分袖で、純架はカーディガンを羽織って女子の到来を待った。


「ごめん、待った?」


 Tシャツにショート丈のデニムパンツ姿の奈緒と、清楚なワンピースを着た日向が現れた。これで全員か。


「いや、まだ後二人いる」


 純架はまぶしい昼の光の中、更に待った。


 5分後、でこぼこコンビが近づいてきた。俺は目を見張った。


「三宮、菅野さん!」


 クロップドパンツ姿の英二と暑そうなスーツを着た結城が、『二人』の正体だった。英二は到着早々、遅刻を詫びず不満をもらした。


「なんで俺が自家用車以外の乗り物に乗らなきゃいけないんだ。しもじもの者などと一緒に……」


 純架は気にしていない。


「よし、じゃ行こう」


「おい、無視かよ」


「3番のバス停から渋山台病院行きバスに乗るんだ。料金は180円だよ」


 俺たち6人は車内へのステップを上り、後部座席を占めた。涼風(りょうふう)がいとおしい。


 バスはその後数人の男女を新たな荷物として含むと、時間が来たのかゆっくりと発進した。狭苦しい道路を走り、何度も道を曲がる。


 俺は英二に水を向けた。


「三宮は純架にどう誘われたんだ?」


 英二は前の席に座る純架の後頭部を指差した。


「こいつが『勝負の結末を見に来ないか』とか言うからな。どこに行き何があるのかばらさないから、俺をたばかっているのかと思ったが……。お前らがアホづらを()げてついてきてる以上、何かあるんだろう。なら見せてもらおうか」


 腕を組んで踏ん反り返る。


「勝負の結末をな」


 バスは渋山台病院に到着した。乗客がぞろぞろと降りていく。俺たちもそれにならった。


 白い外壁の豪奢(ごうしゃ)な建物は、周囲の緑の中にできたオアシスのようだった。突き落とされた者6名が運び込まれた場所でもある。俺と純架は日向を見舞いにここを訪れたことがあった。懐かしい、というほど古くはない記憶だ。


 純架は受付で手続きし、俺たちを呼んだ。


「面会簿に署名して、面会カードを受け取って」


 俺は最初に署名しようとして、訪問先入居者名を見た。『美又慶』とある。


「おい純架、これは……」


「いいからサインして」

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