052生徒連続突き落とし事件08
新たに四人目の被害者を加えた『生徒連続突き落とし』事件は、地元マスコミが取り上げるや、ネットニュースやSNSであっという間に全国に広まった。更に警察が動き出し、地元署の警察官が先生方と話をする隠し撮り写真もアップされた。近く保護者会が開催されることも決定し、校長と教頭は記者団の前で先行して謝罪した。
「面白くなってまいりました」
クラスメイトの久川は今回の事件を心から楽しんでいる。他の男連中も同様で、犯人が女ばかりを狙うことから、自分は無関係として騒ぎを満喫していた。
1年2組担任・北上孝治先生とパイプがある日向は、昼休み、『探偵同好会』の面々に情報を持ってきた。俺と純架、奈緒は食事しながら耳を傾ける。
「今回被害に遭われた女性は、2年2組の美又慶さんです。右腕の上腕を骨折しました。先生に話したところでは、2階から1階へ降りようとしたとき背中を押されたということです」
純架がえんどう豆を噛み砕いた。
「美又先輩の姿は僕たちも見た。彼女が教室を出て廊下を歩き、階段のある箇所へ曲がり込んだところを、潜んでいた場所から確認している」
「そうですね、私も見ました。確実に一人きりでした。美又先輩は病院で治療を終えた後、先生方に語ったそうです。それによれば、犯人は小柄な女で、中間踊り場で苦しむ自分を通り過ぎ、1階廊下から逃げていったということです」
俺はコンビニで買ってきたおにぎりを頬張る。
「小柄な女、か……」
純架はしょげていた。
「まさか、今まさに突き落とした被害者の倒れている中間踊り場を通って、逃げ去っていくとは予測がつかなかったよ。1階にも誰か配置しておくべきだった」
「犯人はどこに潜んでいたんだ?」
「3階の廊下は楼路君たちが見ていた。2階は僕らが見ていた。美又先輩の後ろについていった学生はいないことが分かっている。となると、犯人は死角である階段部分に潜んでいた蓋然性が高い。つまり……」
英二が割り込んできた。微笑している。
「そう、犯人は階段部分で獲物が来るのをじっと待ち、美又先輩にそっと近づいて突き落としたんだ」
英二犯人説は消え、俺は多少の罪悪感と共に彼に応じた。
「そんな奴目立つに決まってる。美又先輩を含め、誰にも見られることなく一体どこにいたというんだ?」
「屋上だな」
英二は牛乳を飲んだ。
「放課後すぐ屋上に行き、時間を潰した後、そっと階下に移動して、哀れな子羊が通りかかるのを辛抱強く待ったんだ。美又先輩は犯人を小柄な女だと断定したんだろう? 今回は完全に姿を隠しおおせることはできなかったんだ。それぐらい危険な賭けだったんだな」
純架は英二を見上げる。
「君は今後どうするんだい、三宮君」
「俺とお前らの勝負はまだ続いている」
口元を押さえて意地悪そうに笑った。
「今日の放課後から先生が交代で階段を監視するらしいから、事件の再発はない。張り込みは終わりだ。となると、俺としては屋上にいたはずの犯人について聞き込みをするのが最善と思われる」
背中を見せた。肩越しに吐き捨てる。
「『負けた方は勝った方の言うことを聞く』、忘れるなよ」
そして自分の席に戻っていった。俺は危機感を募らせた。
「おい、この調子じゃ負けるぞ。俺たちも聞き込みだ」
「焦らなくていいよ、楼路君」
純架は俺の戦意を抑制した。
「前にも言ったけど、犯人が捕まって平穏な日常が戻るなら、別に『探偵同好会』が解散となっても構わないんだ。三宮君の手腕に期待しようじゃないか」
「そうはいかないわよ」
奈緒は好戦的だ。
「桐木君が動かないなら私が動くわ。ね、朱雀君、日向ちゃん。皆で『探偵同好会』を守ろうよ」
『折れたチョーク』事件で無理矢理加入させられたはずの奈緒は、しかし今や一番の偏愛を同好会に傾けていた。変われば変わるものだ。俺は当然彼女を支持した。
「よし、手分けして聞き込みしよう。一人は1年、一人は2年、一人は3年といった具合に。そうすれば二人でかかる三宮たちより早く聞き終えられるからな。三宮なんかに負けてたまるものか。頑張ろう!」
「頑張ろうね!」
「頑張りましょう!」
こうして俺たちは捜査を開始した。純架は手に負えないとばかり肩をすくめた。
「屋上? あの日は……そうだな、行ってないから分からないな」
「昼休みなら屋上で飯食ったよ。放課後は行ってないよ」
「放課後は帰っちゃった。ねえ君、ひょっとして『探偵同好会』?」
しかし、重要な情報はなかなか得られなかった。最上級生である3年が俺の担当だが、当日どころか今まで屋上に行ったことさえないという人間が過半を占めていた。意外に不人気スポットであるらしい。結局一日潰して4クラスを回った挙句、成果はゼロという芳しくない結果に終わった。あの日、屋上には3年生は誰もいなかったのだ。
放課後、俺たちはミーティングを行なった。純架は折り紙で手裏剣を作っている。全くやる気がなさそうに見えた。
「2年生は空振りに終わったわ」
奈緒が残念そうに報告した。屋上に行った人間は誰もいなかったらしい。日向が喉を整える。
「1年生は、とりあえず放課後に屋上へ上った生徒がいました。美術部で、風景をスケッチするためだったそうです。『小柄な女』と、美又先輩の証言に容姿が合致していました」
「本当?」
奈緒が身を乗り出す。俺も思わず前のめりになった。
しかし、日向は首を振った。
「でもその方の話では『自分の他には誰もいなかった』とのことでした」
俺は粘着質な思考を辿った。
「その人が犯人で、そういう嘘をついているってことは?」
「一応スケッチブックを見せてもらいましたが、確かに屋上からの光景が描かれていました。その日に描いた物かどうかは分かりませんが……」
「怪しいな」
俺はこだわった。
「屋上でさっと手早く風景画を描いた。そして階段を下り、2階の防火扉の陰に潜んだ。時間が経ち、美又先輩がやってきたところで、思いっきり突き落とした。スケッチブックや道具は持って逃げた……。っていうのはどうだろう? 十分ありえると思うけど」
純架が手裏剣を俺の胸元に撃ち込んだ。
何をする。
「被害者の美又先輩は犯人を『小柄な女』と言ったけど、『スケッチブックを持った女』とは証言しなかった。もし楼路君の説なら、真っ先にスケッチブックが印象として残るはずさ。そうでなかったなら、犯人は手ぶらの蓋然性が高いよ」
俺は強情に跳ね返した。
「スケッチブックと道具を屋上のどこかに隠したとか?」
「まあ、疑おうと思ったらどこまででも疑えるからね」
純架は「4点か……」と呟きながら、俺に投げた手裏剣を回収した。
俺は的じゃない。
「1年2組の『柏木悠美』のことを話しているのか?」
英二がまたも話に割り込んできた。
「どうやら俺たちと同じ結論に辿り着いたようだな。俺たちも聞き込みの末、当日唯一屋上にいた美術部の柏木が、犯人の可能性があると見ている」
俺は喜んでいいのか悲しんでいいのか分からなかった。英二が意気軒昂と胸をそらす。
「これから柏木を追い詰めに行く予定だが、どうだ、お前らもついてくるか? もっともその時点でお前らの負けだと認定させてもらうがな」
奈緒が真っ先に立ち上がった。
「いいわ。行きましょう。負けるにしても、最後を見届けたいわ」
俺と日向が後に続く。
しかし純架だけは折り紙で兜を作るのに熱心だった。
「僕はいいよ。君たちだけで行ってきたまえ。ここで待ってるよ」




