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050生徒連続突き落とし事件06

 祭り好きの久川が無責任にはしゃいでいる。


「いやあ、凄いことになってるな! こりゃそのうちマスコミも()ぎつけてくるぞ!」


 1年3組の教室に戻って、生徒たちの会話は今朝の全校集会の話で持ちきりだった。岩井と長山は俺を半笑いで茶化(ちゃか)した。


「『探偵同好会』朱雀楼路の出番ってわけだ。頼みますぜ名探偵!」


「いやあ、勘弁してくれよ」


 俺は助けを求めて純架を見た。彼は一人でトランプ占いに興じていた。寂しい奴。


「駄目だ、失敗だ」


 純架がうめく。数枚を残し、クリアとはいかなかったようだ。俺はそれに何か不吉なものを感じた。




 昼休み、純架は手早く食事を終えると、俺を誘って英二の席に向かった。いよいよ英二を『探偵同好会』に引き入れるのだろう。


 英二はよだれが垂れそうな豪華なうな重をかき込んでいる。時おり紙パックの牛乳を吸うのは、俺同様、身長を欲してのためらしい。


「ちょっといいかい、三宮君」


 純架は英二に声をかけたが、彼が(おもて)を上げるより早く結城が制した。


「英二様は御食事中です。用件は昼食が済み次第うけたまわりますので、今はお引き取りを」


「いや、よい」


 英二が重箱に(はし)を置き、幸福そうな顔をして腹をさすった。


「ちょうど今終わったところだ。それで、何だ桐木。俺に何か用か?」


 純架は無言でランニングマンを一分間踊ると、汗を浮かべて椅子に座った。もちろん意味はない。


 率直(そっちょく)に言った。


「実はね三宮君。君に『探偵同好会』に入ってほしいんだよ」


「断る」


 にべもなかった。


「なんで俺がお前みたいな変人の同好会に入らなきゃいけないんだ。断固嫌だね」


 俺は別に怒らなかった。確かに純架は変人であり、多分多数の生徒は彼の存在をうとんじて入会をあきらめてきたのだろうから。


 純架はしつこく食い下がった。


「そこを何とか! 何なら会長の座を君にゆずってもいいよ」


 えらく気前がいい。


「くどいな。嫌だって言ってるだろ」


 英二は心揺り動かされることなく突っぱねた。結城が片腕を外へ指し示す。


「お引き取りを」


 純架は粘った。


「三宮君がいればきっと各種捜査もはかどると思うんだよね。君は僕と違って探偵の素質に恵まれているから……」


 今度はおだてにかかった。英二は目を閉じ牛乳を吸い上げる。程なく異音がして、中身の枯渇(こかつ)を周囲に知らせた。


「見え()いたおべんちゃらはかえって逆効果だぞ、桐木」


「いやあ、君さえいたら今学校を騒がしている突き落とし魔だって簡単に捕まえられると思うよ」


 英二がやおら目を開いた。純架の顔をじっと見つめる。


「突き落とし魔、か。そうだな……」


 不意に何か面白いいたずらを考え付いたかのような陽気さが英二の面上をよぎった。


「こういうのはどうだろう? お互い競争するんだ。どちらが先に突き落とし魔を捕まえられるか。俺は結城と二人で、桐木は『探偵同好会』全員で捜査してな。負けた方は勝った方の言うことを聞く。もしお前らが勝ったら、いいだろう、『探偵同好会』に入会してやる。どうだ?」


 純架は望む大物は釣り上げられなかったが、それでもこの提案に満足したようだ。


「いいね、そうしよう。勝負だ、三宮君」


 魚拓(ぎょたく)を取るように、純架はうなずいた。


 俺たちは自分たちの席に戻った。


「何で受けたんだ?」


 俺は小声で質問した。負傷者が出ている事件を勝負のネタに使うなど、純架の性格からいって意外だったからだ。


 純架は無言でランニングマンを一分間踊った。


 もういいっちゅうに。


「突き落とし魔がもうこれ以上被害者を作り出さない、という保証がない以上、彼か彼女かは知らないけど、急いで尻尾(しっぽ)を押さえなきゃならない。今後新たな被害者を出さないためにも、捜査を急ぐ口実はあるに越したことはないんだ。僕が負けて、三宮君が犯人を見つけ出したとしても、僕は一向構わない。その結果、彼から何を要求されるか分からないけどね」


 純架は理路整然(りろせいぜん)と語った。俺は指摘してやった。


「三宮のことだから、『探偵同好会』の解散を突きつけてくるかもしれないな」


 純架は真っ青になり俺の袖に取りすがった。


「まさか! そんなことないよね? 冗談じゃないよ!」


 周章狼狽(しゅうしょうろうばい)の極みに達する純架だった。


 その後、俺たちはまだ時間があったので音楽準備室を訪ねた。畑中先生が一人寂しく昼食をとっていた。


「ごめんなさいね、二人とも。嘘をついていて……」


 相変わらず痛々しいギブス姿だ。率直に()びると、言い訳を展開する。


「誰かに突き落とされたことは背中の感触で分かったんだけど、他の先生方から『明るみに出すな』みたいなことを言われて……」


「まあ、学校側の対処はそんなものでしょうね」


 純架は半歩にじり寄った。


「犯人の特徴などは覚えていませんか?」


 畑中先生は首を振った。


「ごめんなさい、足が痛くて(あお)ぎ見る余裕はなかったわ」


「そうですか……」


 純架は落胆(らくたん)を隠さなかった。




 張り込み。映画やテレビドラマで刑事がよくやる奴だ。純架は今回『探偵同好会』全員に――といっても四人だけど――、張り込みに着くよう依頼した。俺と純架に関しては、過去に『折れたチョーク』事件で首尾よく成功させたことがあるが。


「突き落とし魔が被害者を出すには条件がある」


 放課後すぐ、純架は全員を呼び寄せて講義に入った。俺たちを椅子に座らせ、チョークをつまんで黒板をつつく。


「まず、相手が下り階段を降りようとしている瞬間を捉えなければならない。つまり屋上から3階へ続く階段の最上部。3階から2階へ続く階段の最上部。2階から1階へ続く階段の最上部。そこにこそ犯行の好機があるというわけだね」


 そういいながら、純架は三つの階段を書いた。奈緒が疑問を(てい)する。


「中間踊り場で待って突き落とすのは?」


「上から下りてくる被害者に姿をさらさねばならないのでありえないよ。逃げる際も他人に見つかる危険性が高い」


 純架は真剣に聞き入る俺たちを眺めた。


「それから屋上から3階へ続く階段、これも除外していいと思う。屋上へ通じる扉は開き戸だから、こっそり被害者の背後に忍び寄ることはできない。つまり犯行は3階から2階、2階から1階の両階段に限定される」


 二つの階段に丸をつけた。


「ここまではいいね?」


 俺たちはうなずいた。


「さて張り込みだ。残念ながら現状、僕たちは犯人を特定できる術を持たない。突き落としの現場を押さえる以外にはね。そこで階段へ通じる廊下を見張り、事件が起きたらすぐ急行できる体勢を取ることにする。二手に分かれてね」


 純架はチョークを置き、手をはたいた。


「相手は危険な奴だ。女じゃ捕まえられない可能性がある。男女ずつペアになろう。……辰野さん」


「はい」


「君は僕と。楼路君は飯田さんと組んでくれたまえ。いいね?」


 特に反対する理由もなかったので、俺たちは賛成した。




 3階の廊下で見張ることになった俺と奈緒は、先客の姿にはたと足を止めた。


「三宮、お前、こんなところで何してるんだ?」


 英二が曲がり角に潜み、3階廊下を注視していた。俺たちに気づいて身を起こす。


「お前、名前何て言ったっけ」


「朱雀楼路だ」


「ああ、そうそう、そんな名前だったな。……俺は見張ってるんだ、廊下をな」


「突き落とし魔か?」


「そうだ」


 英二も純架と同じ結論に達したらしい。いつもかしずいている結城の姿が見えないが……


「結城なら下の階だ」


 明敏(めいびん)にも俺の目線から思考を辿り、英二は答えた。奈緒が俺に耳打ちする。


「犯人は私たちが捕まえるんだから」


「ああ、そのつもりだ」


 結局俺たちは雁首(がんくび)そろえて、物陰から廊下をにらみつけることとなった。

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