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046生徒連続突き落とし事件02

「初めまして、畑中先生。先週転校してきた三宮英二です」


 先生は屈託(くったく)ない笑顔を向けた。


「話は聞いてるわ。よろしくね三宮君」


「それで誰にやられたんですか、その骨折」


 俺と純架は英二を見た。畑中先生が凝固(ぎょうこ)している。


「なんで誰かにやられた、だなんて言うの?」


 英二は簡潔(かんけつ)()いた。


「自分のせいで骨折したなら、人はその原因を口にするものですから。『転んじゃって』とか『ぶつかって』とかね。その程度のことです」


 畑中先生の顔に理解の色が広がった。


「ああ、そういうことね。私、先週学校の階段から転げ落ちたのよ。それで左足が折れちゃって」


「なるほど、階段から。誰かに突き落とされたとか?」


 畑中先生は時間の流れから取り残されたかのように、その笑みを硬直させた。


「ば、馬鹿なこと言わないでよ。そんなことあるわけないでしょう」


「即答できませんでしたね。やはり突き落とされたんですね。それは学校の関係者? それとも部外者?」


「いい加減にして!」


 畑中先生が口調きつく突き放した。


「先生は次の授業があるわ。君もそうでしょう、三宮君。早く教室に帰りなさい」


「……分かりました」


 英二はさして残念がる風でもなく、結城に勉強道具を持たせ、一緒に音楽教室を後にした。


「今のどう思う、純架」


 俺は尋ねた。


「なかなか面白い発想法じゃないか、三宮の奴。嫌な性格でなければ勧誘したいところだが……」


「止めはしないよ」


 純架はあくびをした。


「ああいう尋問調の問いかけは僕の得手とするところじゃないよ。だから彼が加入すれば欠けたピースが埋まろうというものだけど……。飯田さんや辰野さんはどうかな」


「ああ、嫌がるかもな」


 畑中先生が準備室に引っ込んだので、俺たちは話を聞くこともなく1年3組に戻った。




 その日の放課後、俺と純架、奈緒の三人は教室に居残って、『探偵同好会』ミーティングと称して無駄話を交わしていた。1組の日向が来るまで本題――三宮英二を誘うか否か――には入れない。話題はどうでもいいことばかりだった。


「飯田さんは結構この同好会を()いてくれているようだね」


 純架は鏡を見ながら自分の額にマジックで『肉』と書いている。理由は不明だ。奈緒は点頭した。


「とりあえず桐木君も朱雀君も、『折れたチョーク』事件のこと、宮古先生にばらさないでいてくれたしね。それに私、この活動好きよ。普通じゃないもの」


 俺は紙パックの牛乳を吸い込む。


「まあ、普通じゃないよな」


「とりあえず――」


 即席のキン肉マンと化した純架は、しかし物真似をするでもなく、いつもと変わらぬ喋り方で平然と割り込んだ。


 何だろう、かえってむかつく。


「今までの事件は運よく解決できてきたからね――皆の協力のおかげでね。ただ、この先も全ての謎が首尾(しゅび)よく解明されるとは限らないよ。時には捜査の努力実らず、なんてこともあるだろうさ。そのときのストレスを思うと僕はぞっとするよ」


 奈緒がにやついて純架の肩をつついた。


「またまた。桐木君に限って、解けないなんてことはないわ」


「さ、どうだろうね」


 俺は時計を見た。もうホームルームから30分経っている。1年3組の教室にいるのは俺たちだけだ。


「遅いな辰野さん。今日は新聞部がないって言ってたのに。ちょっと見てくるか」


「私行ってくる」


 奈緒がひらりと身を起こした。すずめが飛び立つように教室から出て行く。俺と純架はその後ろ姿を見送った。


「相変わらず元気だね、飯田さん」


 純架は頭と両腕を机に投げ出した。


「僕は眠いよ……。昨日は一人ボードゲームのやり過ぎで遅くまで起きてたからね」


 寂しい奴。


「ちょっと居眠りといこうかな。二人が来たら起こしてくれたまえ、楼路君」


 そう口にすると、純架はまたたく間に寝息を立て始めた。そんなに眠たかったのか。


 教室は7月の陽気で暑かったが、窓から廊下へと抜ける乾いた風のおかげで不快感をそそられはしなかった。俺は立ち上がって窓際に歩を進めた。窓の外では各種部活動がグラウンドを占拠している。野球部やテニス部が声を出し、陸上部が棒高跳びにいそしむ。俺もあのどれかに入っていたら、また違った学生生活を送っていたのだろうか。


 俺は感傷(かんしょう)にひたりながら振り向いた。俺の今を作り出した張本人・純架は、額に『肉』と書いたまま熟睡している。俺はふっと笑った。とりあえず俺は、今の『探偵同好会』の活動に満足している。それでいいじゃないか。


 そのときだった。


 教室に戻ってきた奈緒が、入り口で壁に手をつきながら呼吸を(あら)らげた。駆け戻ってきたらしい。


 純架は起きたらしく、寝惚(ねぼ)けまなこで頭をもたげ、俺と奈緒を交互に見た。


「どうしたんだい? 辰野さんは?」


「たっ、たっ……」


 奈緒は左胸を手で押さえ、必死に息を鎮めようとしている。唾を飲み込んでようやく口を開いた。


「大変よ! 日向ちゃんが、日向ちゃんが……」


 ただならぬ気配に、俺は容易ならざる事態が発生したことを知った。


「落ち着いて。辰野さんがどうしたんだ?」


 奈緒が(おもて)を上げると涙が宙に散らばった。


「日向ちゃんが階段から突き落とされたの! さっき病院へ運ばれたわ!」


 俺は衝撃に佇立(ちょりつ)した。


「何だって?」


 純架が叫んだ。


「おわーっ!」


 ここでキン肉マンの真似と来たか。




 その後、俺たちは職員室で先生方から軽く状況を聞きだした。


 ついさっき、日向は日直としてゴミ箱の中身を捨てに2階から1階への階段を降りようとした。そこで背後から何者かに背中を強く押され、気がついたときには真っ逆さまに転げ落ちていたという。その3分後、現場を通りかかったのはなんと三宮英二と菅野結城。職員室で転校の後処理を終えたところだったようだ。英二は肩を押さえて苦痛にうめく日向を介抱し、結城は先生に連絡して病院へ連れて行くよう要請したという。犯人は誰の目にも留まらなかったらしい。


「まさに一瞬の出来事だったようだな」


 1年1組担任の青柳龍(あおやぎ・りゅう)先生は、そう話を締めた。日向は北上孝治(きたがみ・こうじ)先生の車で渋山台病院に向かい、英二と結城はもう帰宅したという。


 俺たちは渋山台病院が近場にあることもあって、日向をお見舞いにそこを目指した。まだ周囲は明るい。バスに揺られながら、俺たちは不安という魔物と闘っていた。


「重傷じゃないよね?」


 奈緒は半べそをかいて俺の二の腕をつまんでいる。俺は彼女を励ますべく思ってもいないことを言った。


「肩を押さえていたって話だけど……。でもきっと大丈夫さ。とりあえず命に別状はないんだし」


 純架は爪を噛んでいる。


「よくも僕ら『探偵同好会』の会員を……! 許せないよ。犯人を必ず見つけ出してやる」


 渋山台病院は四階建ての白亜の巨塔だった。広大な駐車スペース、二店の薬局、コンビニが併設(へいせつ)されている。俺たちは生徒手帳を見せ、書類を書いて通してもらった。


 日向に割り当てられているのは2階の8号室だった。俺たちはそれぞれの心に不安を抱え、ドアをノックした。


「どうぞ」


 意外なことに、それは平静(へいせい)の日向の声そのものだった。奈緒がドアを開ける。衝立(ついたて)の向こう側へ進むと、ベッドで上半身を起こしている日向がいた。


「皆さん、お見舞いに来てくださったんですね」


 頭と腕に包帯を巻いた病衣(びょうい)姿で、日向はこちらへ微笑を向けていた。


「日向ちゃん!」


 奈緒が泣きながら、しかしさすがに抱きつくことは遠慮して、日向の元に駆け寄る。


「怪我は? 大丈夫なの?」


「はい。おかげさまで」


 奈緒はその場にひざまずき、号泣した。


「良かった……本当に良かった……」

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