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044過去の落とし物事件06

「えっ? 来てるの、小平君が? 今、校門に?」


「はい。さあ、行きましょう」


 そして3分後、俺たちは上履きのまま外に出た。雨はすっかり上がり、校門は太陽の光に照らし出されていた――一人の人物と共に。


「優子!」


 小平先輩が金近先生を下の名前で呼ぶ。金近先生は最初こそ感激で立ち止まり、一歩も動けないように立ちすくんだ。だが純架が背中を押すと、ところてんのように先へ進む。その足取りはまるで坂を下りる自転車のように、早足から駆け足へと変じて小平先輩との距離を詰めた。


「小平君!」


 金近先生は跳躍し、小平先輩の首に抱きついた。両手を広げて受け止めた小平先輩は、金近先生をその腕に抱きすくめる。


「どうだい、優子。ちょっとは俺、たくましくなったかな?」


「うん。うん……」


 金近先生はぼろぼろ泣いて、小平先輩の胸に額をこすりつけた。小平先輩がいとしい人の頭をなでる。


「正直、まだ会いたくなかった。この近くの(りょう)つきの有名大学に合格してから、自信をもって迎えに行きたかったのに。でも桐木君が『会うべきです、心を再燃させるために』と食い下がってね。結局押し切られてしまったよ」


「校内放送で小平君の声を聞いたとき、どんなに名乗り出たかったか……! でも私たちの関係を明るみに出すわけにはいかなかったから、そこの田尻美祢さんにお願いして代役を引き受けてもらったの。あれで良かったのよね?」


「うん。僕は優子が苦しんでいるだろうなと勘付いて、言外の連係プレーを期待して『後輩にあげた』と嘘をついたんだ。優子が代役を立てて受け取りにいかせることを想定してね」


 純架が胸に手を当て、俺に片目をつむってみせた。


「以上がこの事件の全貌だよ」


 そうして抱擁する二人に近づいた。


「小平先輩、これを」


「ああ、悪いね」


 小平先輩が金近先生の肩を抱いて距離を作る。


「はい、これ。今度はなくさないで」


 その手には小平先輩の去年の生徒手帳があった。金近先生は嗚咽(おえつ)をこらえ切れない。押し頂くように受け取った。


「うん。大事にする」


 涙を指でふき取って微笑んだ。


「好きよ、小平君。大好き!」


「俺もだよ、優子」


 そして二人は、俺たちの存在など忘れたかのように、熱烈なキスを交わすのだった。




「色々あったけど、とりあえず手帳を(ひろ)ってくれてありがとう、桐木君」


 小平先輩が北海道に帰り、生徒手帳も無事金近先生の手元に戻って、事件は一件落着した。美術の授業終わり、金近先生は俺たちの元に来てそっと感謝した。


「何かお礼させてください。何がいいかしら?」


「一つあります」


 純架は折りたたんだ紙を鞄から取り出すと、金近先生に広げて見せた。『探偵同好会』会員募集のチラシだった。


「これは現行のものですが、いまいちパンチが足りません。そこで美術教師である金近先生に、見るものの心に引っ掛かる、素晴らしい広告を描いてほしいんです」


「面白そうですね」


 金近先生は、彼女独特の柔らかい微笑を披露した。


「分かりました。じゃ、引き受けますね」


 俺は現行チラシをしたためた本人である奈緒の、複雑な表情に気がついた。


「飯田さんの作品は、あれはあれで良かったよ」


 俺のフォローに彼女は微笑した。


「ありがとね、朱雀君。でも分かってたことだから」


 俺は言葉に力を込めた。


「本当だ、飯田さん。俺は好きだよ」


 奈緒は目をしばたたいた。


「どうしたの、朱雀君?」


「え、あ、いや……」


 俺は「好きですアピール」を引っ込めた。今はこんなものだろう。


 梅雨は急激に弱体化し、まぶしい太陽が地を()がした。梅雨は明けたのだ。


 さんさんと降り注ぐ光の中、俺は熱い真夏の到来に心(おど)らせるのだった。

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