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041過去の落とし物事件03

「だって飯田さん、勉強に集中するって言うし。好きな相手は宮古先生だし……」


 日向が興奮してきゃっきゃと騒いだ。どうやら辰野日向、恋愛話が大好きらしい。


「奈緒さんは宮古先生が好きなんですか? 三角関係じゃないですか!」


 俺はさらし者にされている気分だった。だがこれも何かの機会だ。現状打破の次なる一手を探し求めるにはちょうどいい。


「どうしたらいいと思う?」


「決まってますよ。宮古先生と勝負するんです、男の子らしく喧嘩(けんか)で」


 はあ?


「で、その立会人を奈緒さんに努めてもらうんです。勝てば奈緒さん、無条件で朱雀さんが好きになりますよ」


 荒唐無稽(こうとうむけい)だ。日向は夢想家であるらしかった。


「僕としてはね」


 純架が割り込んだ。


「『探偵同好会』を第一に考えると、現状維持の方が得策に思えるんだ。下手に告白してふられでもしたら、飯田さん、退会してしまうかもしれないだろ? それは御免こうむりたいね。まあ絶対に相思相愛になれると確信しているなら、愛を語るのも構わないけど」


 俺は自分本位な純架の意見を適当に無視した。


「今のところ、外野から見てどう思う? 飯田さん、俺のことどう思ってるんだろう?」


「好きではないね」


「ですね」


 容赦のない返事に俺は傷ついた。


「もっとアピールした方がいいのかな? 好きですアピール」


 純架は抱腹絶倒とばかり、のた打ち回って爆笑した。


 笑い過ぎだ。本気でむかつく。


「そうだね、どこまで踏み込んでいいか推し量るための実験は必要だと思うよ。飯田さんがうざそうな顔をするかどうか、見極めも肝心だね」


 日向は目を輝かせて手を差し伸べてきた。


「頑張ってください、朱雀さん! 私は応援しています」


 俺は苦笑して握り返した。


「ありがとう、辰野さん」


 その辺りで奈緒が帰ってきた。その表情は明るく、首尾(しゅび)は上々だったようだ。


「貰ってきたわよ、小平先輩の電話番号。ただ北海道の自宅のそれじゃなくて、携帯の方のだけど。去年のものだから、今は変わってるかもしれないって先生は言ってた」


 純架は立ち上がって嬉しそうに拍手した。


「さすが飯田さん! どうぞかけたまえ」


 奈緒は腰を下ろした。日向の視線に気がつく。


「何なの日向ちゃん。ずいぶん目がきらきらしてるわよ」


「そ、そうですか? 以後気をつけます」


「? ……変な日向ちゃん」


 純架は早速スマホを取り出した。俺は少しあわてた。


「おい純架、校内での通話は厳禁だぞ」


「大丈夫、僕ら以外誰もいないよ。皆が黙っていてくれればいい。……飯田さん、番号は?」


「これよ」


 携帯のメモ機能を使って書かれた番号に、純架は電話した。呼び出し音が三回鳴ったところで繋がる。


「はい、どなたですか?」


 雰囲気のある声だ。純架がスマホを机に置いた。


「僕は渋山台高校の1年3組、桐木純架です。初めまして」


「ああ、はい。失礼ですが、どなたからこの番号を?」


「職員室で先生から聞き出しました」


 疑いが解けたのか、声が穏やかになった。


「そうですか。遅くなりましたが、俺は小平真治です。初めまして」


「はい、どうぞよろしく」


 とりあえずここまでは順調な流れだ。純架がやおら切り出す。


「実は小平先輩の去年の生徒手帳を学校で拾いまして……」


「去年の生徒手帳?」


「はい、渋山台高校2年5組時代のものです」


「…………」


 小平先輩は押し黙った。何の沈黙か計り知れない。


「……そうか。どこにあったんだ?」


「3階の廊下です。隅の方に無造作に置かれていました」


「そうか……」


「校内放送をかけて現在の持ち主に名乗り出るよう再三呼びかけたんですが、誰も取りに来ませんでした。それで()れて、小平先輩に直接電話した次第です」


 長い思案の後、小平先輩は要望した。


「桐木君、会おう。実際に」


 純架は驚いた。


「えっ、今どちらにいらっしゃるんですか? 北海道じゃないんですか?」


「君たちのいる渋山台高校のすぐ近くさ。ホテルを取って滞在してるんだ。この数日でいくつかの大学を下見する予定だったんだけどね。そんなことがあったんじゃスケジュールは変更だ。桐木君、その手帳を持って今晩6時に渋山台駅駅前広場に来てくれ。それとも都合が悪いかな?」


「いえ、大丈夫です。6時に渋山台駅駅前広場ですね」


「その通り。着いたらまた電話をかけるから。じゃ、よろしく」


 通話は終わった。思いがけぬ展開に一同言葉を失う。純架は長く息を吐いた。


「急転直下、だね。皆で小平先輩に会いに行こうよ」




 そして午後6時。指定された時刻と場所で待っていた俺たちは、一年前の写真と変わらぬ大人びた青年を発見した。こっちに笑顔で駆け寄ってくる。


「桐木君は?」


「僕です、小平先輩」


 純架は一歩進み出た。小平先輩は俺たちを見渡す。


「君たちは何なんだい?」


 数分後、俺たちと小平先輩はマクドナルドで向かい合って座っていた。


「へえ、『探偵同好会』ねえ」


 自己紹介が一通り済むと、小平先輩は人のいい笑顔を見せた。


「変わったことやってるんだね。今回の生徒手帳の一件も事件の一つというわけか。たいしたもんだ」


 あまり手放しでほめられると赤面してしまう。純架が尋ねた。


「今の生徒手帳はどうなっているんですか?」


「ああ、見てみるかい?」


 小平先輩はポケットから茶色い生徒手帳を取り出した。俺たち四人が覗き込む。『楽桜(らくおう)高校3年B組小平真治』とある。住所は北海道函館(はこだて)市となっていた。


 純架も生徒手帳をテーブルに置く。


「これが問題となっている、小平先輩の去年の手帳です」


 小平先輩は壊れ物を手にするように慎重に確認した。


「間違いない。俺の去年の手帳だ。懐かしいな」


 子供のように破顔した。中身をめくり、予定やメモ、ぺらぺら漫画などへ楽しそうに目を通す。


「渋山台高校時代を思い出すよ。俺の青春は確かにここにあった」


 純架はコーラをストローで吸った。


「それで、どうです? その手帳は誰かに渡したものだったんですか?」


 小平先輩は視線を宙にさ迷わせた。


「ええと……、そうだな、確かこれ……。俺が引っ越しで転校するとき、1年の後輩にあげたんだ……」


 俺は小平先輩の口調が微妙に変化したのを感じ取った。真心がこもっていないというか、作り物のハリボテ然としているというか。


 純架は聞いた。


「誰にあげたんですか?」


 小平先輩は腕組みした。


「誰だっけかな……思い出せない。ただ、陰ながら俺を()いていてくれて、旅立ち間際に生徒手帳をせがんだんだ。それだけははっきり覚えているよ」


 まるで駆け出しのアナウンサーが原稿を読んでいるような空々(そらぞら)しさがあった。嘘をついているな、と俺は思った。あるいは俺にも検知されるぐらい、小平先輩は嘘が下手なのかもしれない。


「思い出したらまた連絡するよ。それより、俺は正直この手帳を返してもらっても嬉しくない。あげたものだからね。持っていた人の手に戻るのが一番だと思う」


 純架は点頭(てんとう)した。


「同感です」


「それでこういうのはどうだろう。俺が呼びかけの原稿を書くから、それを放送部にアナウンスしてもらうっていうのは」


 純架はかたわらの鞄の中身をまさぐった。


「実は僕もそうしてもらえたら助かると思って、用意してきました」


 純架がテーブルの上に示したのは、一機のICレコーダーだった。『変わった客』事件で使ったものと同一だ。日常的に持ち歩いているらしい。


「これに小平先輩直々に声を吹き込んでください。それを明日放送にかけてもらいますので」


 純架の準備の良さに一瞬硬直した小平先輩だったが、すぐ気を取り直したように咳払いをした。


「よし、じゃあ録ろう。そうだな、ここはうるさいからカラオケボックスに行くとしよう。女子はもう遅いから帰りなさい」


 奈緒と日向は明らかに失望したが、仕方なしに小平先輩の指示に従った。

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