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040過去の落とし物事件02

 純架は口を差し挟んだ。


「ならその生徒手帳は去年より前のものだね。どこかにそれを明示してないかい?」


 俺は生徒手帳をよく眺めた。中身のカレンダーに去年の西暦が記載されている。


「あった。去年だ」


「そうかい。なら話は簡単だ。今は3年に進級した小平先輩を探し出して、この手帳を返却すれば万事解決さ」


 外は相当暗い。奈緒が決断を提示した。


「明日にしましょう。せっかくだから先生方の手には渡さず、私たちで小平先輩に返そうよ。これも『探偵同好会』の一仕事と考えて、ね」


「そうだね。最近暇だし、それも悪くないかな」


 純架がうなずいたところで、俺たちは一階へ下りていった。手帳は純架が預かった。




 翌朝、俺と純架は早めに登校した。同じく早い時間に到着した奈緒、日向と共に3年生のいる1階へ向かう。雨は昨日ほどではないが断続的に降っていて、梅雨前線の粘り腰が無益な結果を生み出していた。


「小平真治君? うちのクラスにはいないわね、そんな生徒」


 3年1組の女子の先輩は、問題の手帳を見て首を振った。まあそんなこともあるだろう。俺たちはさして気にも留めず、2組、3組と渡り歩いた。だが……


「知らないわ」


「去年そんな名前を聞いたこともあったような気がするけど……。ごめん、思い出せない」


 2組も3組も、聞き込みの結果は「知らない」だった。どういうことだろう?


 純架は廊下をバタフライで前進しながら、意味があるのかどうか分からない息継ぎに苦労していた。


 俺たちは後難(こうなん)を恐れて離れて歩く。純架は気楽だった。


「まだ5組があるよ。きっとそこにいるはずさ、一年歳をとった小平先輩がね」


 しかし、その期待は予想外の形で裏切られた。


「小平? ああ、いたな、そんな奴」


 5組の気安そうな男子の先輩は、懐かしそうに目を細めた。


「あいつなら去年早々、引っ越しちまったけど。北海道の方にな」


「引っ越した……」


 俺はこの新事実から、当然ある疑問を抱いた。小平先輩がいないとすれば、いったい誰が彼の手帳――それも去年のだ――を廊下に落としたというんだ?


「あ、お前桐木純架じゃん」


 別の3年生が純架に笑いかける。


「見たぜ新聞。色々お手柄だな。今回も新しい難事件か? 頑張れよ」


 素朴(そぼく)な好意に純架は謝した。


「ありがとうございます」




「とりあえず一つの仮説は立つね」


 1年3組に戻る途中、純架は人差し指を振った。


「この生徒手帳は、去っていく小平先輩のものを、この学校の誰かが譲り受けたものなんだ。記念品か、形見か、それは分からないけども。そしてその男か女かがうっかり廊下に落とした……」


 奈緒が自分の意見を披瀝(ひれき)した。


「多分後輩よ、後輩! それも女子のね。制服のボタン代わりに生徒手帳を貰ったんだわ」


 純架はほめた。


「一理あるね」


「でしょ? でしょ?」


 日向が生徒手帳を指でもてあそぶ。


「でも、だとしたら素敵ですね。もう一年も経つのに未だに肌身離さず持ち歩いているなんて……。きっとそれだけ小平先輩が好きだったんですね」


 俺は同意した。でもそれなら今頃、半泣きになって生徒手帳を探しているに違いない――この世に二つとないものだから。


「で、生徒手帳は今後どうするんだ、純架」


「そうだね……」


 一拍置いて、


「大切なものには間違いないんだから、落とし物箱に無造作に放り込むのはよしておこう。放送部に頼むんだ。『生徒手帳を拾ったから、覚えのある人は名乗り出るように』って校内放送をしてくれるようにね」


「そんなところだろうな」


 俺は早起きの弊害(へいがい)で、眠気を覚えてあくびした。




『昨日、6月12日、校内で落とし物が発見されました。去年の生徒手帳です』――


 今朝の行動の後、放送部の南先輩にかけあった成果が、今、昼休みの校内放送で流れていた。俺と純架は飯を口に放り込む手を休め、耳を()ましてスピーカーから響き渡る内容を聞いた。


『2年5組、小平真治さん。今は北海道に越していった、去年の生徒のものです。覚えのある方は1年3組桐木純架君までご連絡ください。「探偵同好会」会長が大事に保管していますよ』


 これで良し。後は待つだけだ。俺たちはうなずきあうと、中断していた昼食を再開した。




「来ない!」


 三日が経って、純架の忍耐は限界を迎えた。


「なんでこんな大事なものをなくして平気でいられるんだろう? 僕はてっきり、あの放送の直後に持ち主が名乗り出てくるものだと思ってたのに」


 雨中の登校の只中(ただなか)だった。傘を差した俺は水溜りを上手に避けて歩いている。純架は傘を振り回した。


「それどころか三日も経過して音沙汰なしだよ。これはおかしい。どう考えてもおかし過ぎる」


 純架の傘から水滴が飛び、俺の制服に付着する。はた迷惑な野郎だ。


「あの放送はさすが放送部だけあって、滑舌も良かったし原稿も満点だった。持ち主が聞いたならすぐ自分のことだって勘付くはずさ。あるいはトイレに行ったとかで聞き逃したのかもしれないけど……」


 俺はなだめた。


「まあ、もう一回だな。もう一回放送部に頼もう。それで駄目だったら、適当な先生に託すしかないな」


「そうだね」


 純架は不機嫌さを押し殺して首肯(しゅこう)した。




「やっぱり来ない!」


 6月19日。生徒手帳発見からちょうど一週間のこの日、純架はぐずついた空模様にも似て気分を害していた。


 あの後昼休みに再び校内放送を行ない、改めて生徒手帳の持ち主に名乗り出るよう勧告した。だがその日の午後はもちろん、金土日を挟んだ今日になっても、落とし主は現れなかったのだ。


 放課後の『探偵同好会』ミーティング――という名の雑談――において、純架は俺たちに鬱屈(うっくつ)をぶちまけた。


「僕たちに落ち度はなかったはずだよ。一体なんで出てこないんだ? 人間嫌いなのか?」


 奈緒はあほらしそうに言った。


「桐木君に会いに行くのが嫌だったとか」


 俺は頭を縦に振った。


「それは一理ある」


 日向も賛同した。


「ありえますね」


 純架は自分のむかつきをどう表現していいか分からなかったらしく、上履きを脱いでその臭いをかいだ。意外そうな表情になる。


「アロマの香りだね」


 嘘をつくな。


「こうなったら最終手段といこうか」


 俺はまたぞろ嫌な予感がした。


「最終手段って何だよ」


「小平真治先輩に直接連絡を取る」


 場はしんと静かになった。奈緒が静寂を破る。


「そこまでやるの?」


「これはプライドの問題だよ。といっても格闘家ヒョードルの方じゃないよ。誇りの方さ」


「言わんでよろしい」


「さて、連絡を取るとなると連絡先の電話番号を調べなくちゃいけない。生徒手帳に載ってるのは当時の自宅の番号で、これはもう不通になっていることだろう。メールアドレスの記載はない。となると、誰か職員室に行って、『小平先輩の現在の電話番号を教えてください』と尋ねなくちゃならないね」


 そこまで言って、純架は餌をねだる小動物よろしく奈緒を見た。奈緒は噴き出した。


「私にやれっていうのね」


「適任は君だよ、飯田さん。君は誰からも好かれる性格で、見た目もいいし、先生たちからの信頼も厚い。お願いだよ」


「オーケー、分かったわ。じゃあ今から行ってくるね。楽しみに待ってて」


 奈緒は教室を出て行った。


 自然、話はこの場にいない奈緒の話題となった。純架が俺を肘でつつく。


「そういえば楼路君、飯田さんに再度の告白はしないのかね?」


 日向が口元を押さえた。


「えっ、朱雀さん、奈緒さんが好きなんですか?」


 俺は苦虫を噛み潰した。

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