038今朝の吸殻事件05
「何でだ?」
帰り道、俺は純架を問いただした。どうして純架の鞄に入れられた煙草とライターが、矢原の鞄に入っていたのか。確かに大いなる謎だ。
純架は簡明に答えた。
「今日の体育でバドミントンをやった僕は大いに疲れてね。今朝買ったペットボトルのお茶を飲もうと、一足早く教室に戻ったんだ。そして鞄を開けたら見慣れぬものが入っているじゃないか。煙草とライター。これは誰かが僕をおとしめようとしているな、と勘付き、大急ぎで矢原君の鞄の奥深くへねじ込んでおいたのさ」
「どうして矢原の仕業だと分かったんだ? そのときはまだ矢原が入れたとは分かってないはずだろ」
「別に僕は分かっていなかったよ。ただ数日前、矢原君は『渋山台高校生徒新聞』6月号を、僕の目の前でびりびりに破いて捨てたよね?」
「ああ、そんなこともあったな」
「あのとき、僕はむかついていたんだよ。許せない、と思った。僕にしては珍しいことにね」
純架は道端のポストに懸賞あての葉書数十枚を投函した。
当てる気満々だ。
「それで大嫌いな彼を困らせてやろうと、嫌がらせ目的の軽い気持ちで、彼の鞄に煙草とライターを放り込んだわけさ。まさかロングホームルームがあんな展開になるとは思いもよらなかったし、犯人が矢原くんであるとは――まああるだろうな、とは思ってたけど――知らなかったよ。彼の昼食が購買のパンであり、弁当ではなかったのも一つのポイントだったよ。自分の鞄を――まあ証拠品は奥に突っ込んだから気づかなかっただろうけど――調べなかったわけだからね。それが劇的な幕切れに繋がったんだ」
俺は一つ聞きたいことがあった。
「なんで煙草の吸殻は二本あったんだ? 誰かに見つかったら言い訳できない危険な橋を渡るってのに、なぜそんな手間をかけたんだ?」
「簡単だよ、あれは僕と楼路君の二人分ってことさ。僕たちが毎朝一緒に通学しているのを知っていてそうしたんだ。君も狙われてたんだよ、楼路君」
俺は冷水を背中に入れられた気分だった。純架は胸に手を当てた。
「以上がこの事件の全貌だよ、楼路君」
俺たちはプラットホームで電車を待った。
「それにしても驚くべきは矢原の嫉妬だな。いつも虎視眈々と純架の失敗を狙っていたかと思うとぞっとするな」
純架は「そうだね」と同意を示すと、思慮深げに語った。
「矢原君は僕に嫉妬した。でも僕は逆に、矢原君に嫉妬するよ。彼は嫌いなものを露骨に攻撃する。そうした純粋な憎悪を、僕は持ったことないからね――軽くむかつくことはあってもね。無邪気、というべきかな。ああいう単純な性格なら、この複雑怪奇な世も自流で乗り切っていけるのかな、と思うと、ちょっと羨ましくなってくるよ」
電車が滑り込んでくる。流れる窓に自分の影を見出しながら、俺は矢原に負けず劣らず単純な自身を顧みて、こっそり自負を強くするのだった。




