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338失われた刀事件04

 瀬古さんが加勢した。


「そうですよ。私たち『白犬タケル』も潔白を主張します!」


 対立を深める老夫婦と『白犬タケル』。やがて安原さんが阿部さんと俺と純架をうながした。


「今日は本当にご苦労様でした。皆さんの仕事は終了です。サインしますので勤務用紙を出してください」


 俺たちは次々に作業用紙に記名された。阿部さんが「それじゃこの辺で。お疲れさまでした」と悠々帰っていく。


 純架は俺と共に居残った。というか、純架が俺の腕を掴んで離さなかったのだ。


「あの、安原さん」


「ん? どうしたんですか。もう解散で構いませんよ」


「いや、そうじゃなくて。消えた桐の箱――虎徹について、僕に推測があります」


 反応したのは完さんだった。興味津々(しんしん)で純架に問いかける。


「推測? 何ですかそれは。言ってみてくださいよ」


 純架は全員の視線を浴びながら、しわぶきを一つして語りだした。


「まず桐の箱に関しては、ご夫婦も瀬古さんも北国の現地スタッフも、全員トラックの荷台に積み込まれたのをその目で確認しているんですよね?」


 奏さんが大きくうなずく。少し落ち着いてきたらしかった。


「はい。わたくしもこの目ではっきりと見ましたわ」


 純架が瀬古さんに視線を移す。


「トラックの荷台の鍵はかかっていたんですよね?」


「もちろん。そうでないと盗みを働く不貞な輩に狙われないとも限らないからね」


 純架は一刀両断した。


「それは嘘です。本当は北国からこの家までやって来る間に、鍵が外されていたんですね?」


 瀬古さんが瞠目(どうもく)した。渡部夫妻も安原さんも俺も、同様だったことだろう。瀬古さんはしどろもどろに答えた。


「そ、それは、な、何で……。何でそう思うんだ?」


 純架は狼狽する相手を観察するように、冷ややかな視線を向け続ける。


「あなたはこの場所でトラックの荷台の鍵を解錠しようとして、鍵を差し込みましたね。ところが予想外なことに、鍵は開いていた。だから『あれ?』と口にした。さてはピッキング被害に遭ったかと、青ざめて急いでドアを開けてみたら、荷物もゴムベルトも特に積み込み時と変わるところはなかった。だから『度忘れか……』と安心した。そうですね?」


 安原さんがドライバーの行動を回想したか、しきりとうなずく。


「確かに『あれ?』も『度忘れか……』も、そうとしか考えられません。トラックの荷台は解錠されていたんですね。どうなんですか、瀬古さん」


 問い詰められた運転手は、ハンカチを巧みに使って表情を隠しつつ言った。


「はい……。開いていました。うちのトラックの荷台は性質上、ドアが閉まっていれば解錠されているかどうか判別し難いもので……」


 純架が長く息を吐いた。


「そしてこの場所まで来て、運び出し作業を終えたら、桐の箱だけが綺麗さっぱり消え失せていた、と」


 安原さんが()れたように純架へ尋ねた。その顔色は良くない。


「それで『推測』とは何ですか?」


「桐の箱は完全にトラックに積み込まれた。そして北国からこの県目指してはるばる移動した。つまり、瀬古さんの長距離移動の最中に、トラックの荷台の鍵がピッキングによって開けられ、中を物色され、虎徹が奪われた――ということです。そしてその人物は、虎徹が収まった箱こそが、このトラック内で最も値打ちがあるということを知っていなければなりません」


 なるほど、その通りだ。安原さんもコクコクと首肯する。


 純架はまだしょげ返る様子の瀬古さんを無視して語り続けた。


「ではまた一から考え直す意味で、改めて桐の箱の積まれた位置を確認しておきたいのですが……。北国の実家において、トラックの荷台に運び込まれるのを、渡部夫妻はその目ではっきり見たのですよね?」


 奏さんは瀬古さんを愚者だと信じ込んだらしく、彼を睨みつけている。


「ええ、見ました」


 完さんが脇から強調した。


「はっきり積まれたのを確認しています」


 純架は二人を等分に眺める。


「それはどの辺りでしたか? より詳しくお願いします」


 完さんが拳で軽く自分の頭を叩いた。老いにより過去を思い出しにくくなっているらしく、ややあってから応答する。


「ええと……。我が家の全荷物はトラックぎっしりではなく、少しスペースを残しての積載でした。刀は手前の方で、最後ら辺に載せられたのをよく覚えています。厳重にくるまれた桐の箱は、別のダンボールで蓋をされるように囲われ、その上からゴムベルトでしっかりと固定されました。そうですよね、ドライバーさん」


 瀬古さんが後悔の残滓(ざんし)を色濃く残しながら、弱々しく点頭する。


「はい、間違いありません。運搬の際の揺れに対して頑強な形で格納されました」


 純架がいつの間にか探偵然として皆に受け入れられている。4人は救いようのない事態に直面して混乱したあまり、理路整然と語る彼を頼もしく思っているようだった。


「その後、瀬古さんがトラックに乗って出発するまでの間に、目を離したり意識から外したりといった隙はありませんでしたか?」


 これに反応したのは完さんだった。何か想起したように拳で平手を叩く。


「そういえば、最後に実家の荷物を残らず積み終えたか確認するために、ドライバーさんと共に屋内に戻ったことがありました」


 これには瀬古さんも記憶に残っていたらしく、はっと目を見開いた。


「ああ、そういえば……! あの時はまだゴムベルトは締めてはいませんでした。まさか……!」


 俺は真相が見えてきて興奮した。純架にその(むね)を伝える。


「つまり犯人は、北国の『白犬タケル』の雇用者である蓋然性が高いってことだな、純架! 積み込みが終了して渡部夫妻と瀬古さんが離れた隙に、何名かで手分けして桐の箱だけ盗み出したんだ!」


 純架は俺を勇み足だと決め付けた。


「まだ結論を出すには早いよ、楼路君。渡部さん、北国の実家でも虎徹の話はされたんですか?」


 完さんは認めた。浮かない顔になる。


「はい、しました。傷がつかないようしっかり運んでもらうために、そこのドライバーさんと現地スタッフにお話ししました」


 これはいよいよ有力になってきた。つまり渡部家の実家で働いたスタッフたちは、桐の箱の中身を高級品だと知っていたのである。


「いよいよ決まりだな、純架。荷台の鍵を誰かがピッキングで解錠したのも、恐らく出発時に犯人の手で行なわれたんだ。自分たちの犯行だと断定させないために」


 しかし純架はこの解答に手っ取り早く食いついたりはしなかった。


「1000万円の刀を盗んだとして、どうやって換金するというのかね。しかもたった今高価なものだと知ったばかりなのに、簡単に数名の人間が協力し合えるものだろうか?」


「じゃあ売らずに鑑賞用として持ち帰るとか……」


「それこそ考えられないよ。犯人はトラックの荷台から盗み出した手際の良さから、複数だと見て間違いない。それが一人の得のために共犯と化すなんて、ありうる話じゃないよ――いや、待った」


 純架は眉根を寄せて何やら考え込む。だが成果があったのかなかったのか、彼は4人に正面を向いて話を変えた。

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