333神田ドリームランド事件04
『パーティ・カルーセル』を包み込む、透明な建物を見渡す。
「まるでアメリカはニューヨークにあるメリーゴーランド『ジェーンズ・カルーセル』を模したような造りだ。雨でも楽しめるように、との配慮なんだろうけど、これを見るだけでも一つのことが分かるね。つまり……」
奈緒が釣り込まれる。
「つまり?」
「ここのメリーゴーランドは、そうそう簡単に分解・回収されるものではない、ということだよ」
陽気な音楽、楽しげな客たちの歓声、シャッター音、躍るように回る木馬の列。それらが俺たちから遠ざかったような気がした。純架が日向に質問を重ねる。
「辰野さん、このメリーゴーランドに見覚えがあるんだね? それは間違いないんだね?」
日向は恋人――であるはずの――『探偵部』部長を見上げた。自分の混乱に収拾がつけられず、助けを求めるように答える。
「はい。この遊園地に来たのは初めてですが、馬も回転する床も、というよりそれらを含んだ全体像が、記憶の片隅に生息しています」
純架は瞳を輝かせた。今までのどのアトラクションよりも楽しそうにしている。
「面白くなってきた。これは早速調べてみよう。まあ簡単さ、従業員に当たってみればいいんだからね。……ちょっと行って来るから、ここで待っていてくれたまえ」
俺は返事も待たずに走り去る彼の背中に、やれやれと肩をすくめた。
「また始まったか……」
奈緒が腕を組む。
「まあいいんじゃない? 日向ちゃんの疑問を解決してみようよ」
純架はメリーゴーランドそばの連絡室を訪れ、従業員に質問をぶつけているようだった。やがて一枚の紙切れを手にして戻ってくる。俺は首尾を尋ねた。
「どうだった?」
純架は頭を振った。
「やっぱり若いスタッフばかりで、このメリーゴーランドの生い立ちを知る人はいなかったよ。でもその代わりに、この遊園地『神田ドリームランド』の運営会社ドリームミキサーのお客様用電話番号を教えてくれたよ。即行でかけてみよう」
俺たちは冷房の効いている建物から出て、再び直射日光の熱にさらされた。純架が知りたての連絡先に電話をかける。スピーカーモードで、渋い年配の男の声が漏れ聞こえた。
「はい、株式会社ドリームミキサーの柏田と申します」
純架ははきはきと告げた。
「もしもし、僕は『神田ドリームランド』を楽しませてもらっている、桐木純架という者です」
「桐木純架様。どのようなご用件でございましょうか?」
「実はアトラクションの一つ、『パーティ・カルーセル』について、ちょっとお尋ねしたいことがありまして……」
「承知しました。何でしょう?」
純架は事情を説明した。
「なるほど。少々お待ちください」
待機メロディが流れ出す。しばらくして柏田さんの声が戻ってきた。
「お待たせして申し訳ありません。確かにわたくしたちのメリーゴーランドは、かつて他の遊園地で使われていたものを、多少修繕して『神田ドリームランド』開業と共にお客様へ提供したものです」
ということは10年以上前に設置されたのか。
「透明の建物は後からですか?」
「はい。雨天でも営業できるようにと、1年後に増築されました」
純架は勢い込んで問いを撃ち出す。
「『他の遊園地』ですか。それはどこだか分かりますか?」
「なにぶん古い記録があまり残っていなくて、少々分かりかねます。調べればあるいは判明するかもしれませんが、数日かかってしまうでしょう」
純架は少し残念そうに語勢を弱めた。
「そうですか……」
「……ただ、アトラクションの移設を担当した『タテダ商店』様なら、あるいは……」
純架の耳がピンと逆立つ。
「タテダ商店?」
「タテダ商店様はプラント工場での撤去工事や、発電所、造船所に石油コンビナート等の特殊な解体をメインの事業に据えてらっしゃる企業です。そしてそれだけでなく、遊園地の遊技機工事も請け合ってらっしゃいます。タテダ商店様なら、あるいは当時の工事実績としてすぐに確認してくださるかもしれません。その電話番号ならすぐ紹介できますが」
純架は喜色満面だ。日向も奈緒も俺も、一縷の望みをかける思いだった。
「ぜひお願いします!」
「たびたび済みませんが、少々お待ちください」
今度はそれほど待たされることもなく、柏田さんはタテダ商店の電話番号を教えてくれた。
「ありがとうございました、柏田さん」
純架は感謝の念を伝えると丁重に通話を切る。そして、一切のためらいもなく、教えられたナンバーを入力して電話をかけた。数コールの後、若い女性の声が聞こえてきた。
「はい、こちらはタテダ商店お客様窓口、案内の斉藤です」
「あの、僕は桐木純架と申すものですが……。ちょっとうかがいたいことがございまして」
純架はこれまでの経緯を話した。斉藤さんは理解が早そうな相槌の打ち方だった。
「なるほど承知しました。少々お待ちください」
ドリームミキサー同様、曲は違えどゆったりとした待ち受けメロディーが流れる。しばらくすると音楽が止まり、斉藤さんの声が復活した。
「申し訳ありません、お待たせしました。くだんのアトラクションですが、確かに11年前に『神田ドリームランド』へメリーゴーランドの部品一式を搬入した記録がございました。その元となる『他の遊園地』ですが……」
俺たちは判決を待つような気分になった。日向が以前見たであろうメリーゴーランドは、果たして……。
斉藤さんが続けた。
「他県の『新楽ワンダフルワールド』でした。そこが営業を停止された後、まだ新しかったメリーゴーランドをドリームミキサー様が買い取り、分解と搬出・搬入を当社に依頼したようです」
純架は心からの謝辞を述べた。
「ああ、ありがとうございます! 本当に感謝します!」
斉藤さんの声は笑みを含んでいた。
「お客様のお役に立てて嬉しく思います。では、失礼いたします」
通話は切れた。純架はスマホをポケットにしまい込む。興奮が声に表れていた。
「辰野さんがかつて『新楽ワンダフルワールド』を訪れていたという事実は、これでほぼ断定できるね。辰野さんはそこでこのメリーゴーランドに乗ったんだ。だから初めて来た『神田ドリームランド』なのに、そのアトラクションの一つ『パーティ・カルーセル』の姿が記憶の底にあったというわけだ。以上がこの事件の全貌だよ、皆」
日向は明らかに動揺していた。体が小刻みに震えている。
「私の父は、今のようなアルコール中毒の飲んだくれになる前――会社をクビになる前は、ごく普通の優しい父親でした。私が幼い頃、その『新楽ワンダフルワールド』に家族全員で遊びに連れて行ってくれたんでしょう。……そうです。確かに思い出しました。私はこのメリーゴーランドに乗ったことがあります」
日向が静かに嗚咽する。涙は溢れてはこぼれ落ち、容易には止まらなかった。
「懐かしい……。あの頃の平穏な家庭が、この遊具が……!」
泣きじゃくる日向は手首で目元をこする。
「何で父は……今のようになってしまったのか……」




