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330神田ドリームランド事件01

   (四)神田ドリームランド事件




 真夏のある夜、俺は奈緒とスマホで話し込んでいた。窓外の景色は闇深いものの、明日は晴れるとの天気予報である。冷房の効いた室内で、俺はベッドに寝たまま天井を見つめた。奈緒の美しいさわやかな声が、俺の聴覚に優しく浸透する。


「ねえ、明日一緒に『神田ドリームランド』に行かない? パーッと散財しようよ」


 俺は口元を(ゆる)めた。


「おいおい、デートの申し込みかよ。奈緒も何だか積極的になってきたな」


 電話の向こうで赤面したような気配があった。


「ちょっと、照れちゃうじゃない。……ここに行ったことある? 私は家族で何回か訪れたことがあるんだけど」


 俺は『神田ドリームランド』なる大規模遊園地を、記憶の手帳を参照しつつ思い出そうとする。


「俺も何年前かは忘れたけど、確かに元親父に連れてってもらったことがある。結構面白かったな。ええと……」


「心臓爆発必至のローラーコースターとか」


「そうそう」


「山が良く見える凄い大きな観覧車もあるよね」


「そうだった」


「最近背筋の凍るホラーハウスが出来たんだって」


「ほう、そりゃ面白そうだ」


「ガラスの建物で覆われたメリーゴーランドがあるそうよ」


「さすがにこの年齢で乗るのは恥ずかしいかな」


「あとは特産品スイーツの数々。頬っぺたが落ちるまろやかさってネットには出てたけど、ぜひ味わってみたいな」


 俺は苦笑いした。


「太るぞ」


「大丈夫よ。この暑さならすぐ汗をかいて()せるから」


 跳ね起きてベッドに腰掛ける。急に生きてる実感が湧いてきた。


「それじゃ決まりだな。明日朝一で一緒に行こうぜ。例によって例のごとく、渋山台駅前で待ち合わせだ。今回は『探偵部』の面々は誘わず、俺たち二人だけで楽しもう」


 奈緒はしかし、何か躊躇(ちゅうちょ)するものがあったようだ。


「そうね。でも……」


「でも?」


 軽く嘆くような溜め息が聞こえてくる。


「桐木君と日向ちゃんの仲、今頃どうなってると思う?」


 いきなり『探偵部』部長と新聞部掛け持ち部員の話になった。


「さあ。付き合ってることは知ってるけど、進展があったような素振りは一切ないよな。この前デートしてたのも、奈緒と3人で俺を引っ掛ける目的のものだったし」


 そもそも日向は純架に()れてるようだけど、純架は彼女ほど熱くなってはいないような気がする。


 奈緒が快刀乱麻(かいとうらんま)の決断をした。


「ねえ、二人も『神田ドリームランド』に誘っちゃおうよ」


「ええっ?」


「ダブルデートって奴よ、楼路君。二人に日頃の感謝を込めて、ね。桐木君たち、この前の偽装デートでも手を繋いだことさえなかったみたいだし。今回はぜひともあの二人に一歩前へ踏み出してもらうんだから。どうかな」


 俺は誰に見せるでもなく肩をすくめた。


「分かった、分かったよ。そうしよう。ただスケジュール()いてるかな、二人とも」


「それもそうね。私が確認するわ」


「いや、俺に任せてくれ。暇だし」


「そう? じゃ、お願いするね」


「おう」


 その後、明日のことを打ち合わせて通話は切れた。


 さて純架の奴、今は家にいる頃合いだろうか。何なら晩飯でも食ってるかもしれない。とりあえず掛けてみるか……。俺は『桐木純架』の電話番号を表示させると、発信ボタンを押した。


 しかし俺の予期せぬことに、純架はコールとほぼ同時に電話に出た。


「やあ楼路君、何か用かい?」


 俺は純架のあまりの早さに面食らう。何だ?


 しかしこれは『探偵部』部員として謎を突きつけられたようなものだった。何故純架はこんなに早く通話ボタンを押せたのだろう? ここは一つ、純架流を真似て解いてみねばなるまい。俺はしばし思考した。


「その反応の速度……。どうやらスマホをいじっていたみたいだな。多分ゲームでも遊んでいたに違いない。どうだ?」


 だが純架の理由は意表を突くものだった。


「いや、念力でスマホを起動させられないかどうか試していたんだ」


 解けるわけねえだろ、こんな謎。つか怖すぎ。


「なあ純架、明日暇か?」


「何だい、事件でも発生したのかい?」


 またこいつは事件好きだな。俺は咳払いした。


「いや、遊園地『神田ドリームランド』へのお誘いだ。俺は奈緒を、純架は辰野さんを誘ってダブルデートといきたいんだけど……どうだ?」


 純架の言葉にクエスチョンマークが点灯する。


「辰野さんを?」


「お前らの仲を加速させるためだ。付き合っているんだろう? ここは男らしく引き受けるんだ、純架」


 純架は珍しく黙り込んだ。何となく明日の光景を思い浮かべて吟味(ぎんみ)しているようだ。


「辰野さんを連れて4人でテーマパーク、か。うん。いいね、悪くない」


「じゃあ決まりだな」


 奇行癖のある美貌の少年は、至極まっとうな質問をしてきた。


「僕はいいとして、辰野さんの都合はついているのかい?」


「これから確認する。何なら純架、お前が辰野さんに電話して聞いてみればいい」


 純架はためらうように空隙(くうげき)を挟んだ。


「……そうだね、そうするよ」


 ようやく決心した後、何気なくこぼした。


「それにしても僕と辰野さんがデートするのはこれで2回目だね。前回は楼路君を引っ掛ける目的で映画を観たんだっけ」


 やっぱりあれから全然進んでなかったか……。こいつは日向のことを本気で好きなんだろうか? 純架が積極的だったのは、彼女を抱き締めて本命チョコを分け合って食べた、あのバレンタインデーだけだったのか? あれからもう半年にもなるというのに……




 こうして翌日早朝、からりと晴れ渡った青空の下、渋山台駅に俺、純架、奈緒、日向が集合した。俺は紺の7分袖ニットにデニムスキニー。純架はカーキの無地Tシャツに黒スキニー。奈緒は透け感のある白いブラウスにショートパンツ。日向は薄い萌黄色のワンピースだった。


 純架の服装が普通だった裏には、もちろん俺の苦労がある。最初は羽織袴に歌舞伎メイクで家から出てきて、俺が慌てて止めたものだ。おかげで無駄に遅れてしまったじゃないか。


 純架は俺ともども遅刻を――まあ10分程度だったが――女子二人に詫びた後、携帯電話をいじり始めた。


「昨日はあれからスマホで『神田ドリームランド』について調べてみたよ。知らなかったんでね。今から10年前に海外資本で造られたそうだよ。広さは東京ディズニーランドの3分の2ぐらいで、業績は堅調。利用客の評価も軒並み高かった。特にアメリカの映画を題材にした最新アトラクション『4Dライド』は早くも名物の座に収まったらしい。だけど……」


 純架はスマホの画面を俺たちに見せた。そこにはふんどし一丁の純架が汗を()き散らしながら、巨大な暴れ太鼓を凄まじい形相で叩いている写真が表示されていた。


 だから何だよ。


 純架がスマホをしまう。


「僕としては、一箇所にこだわるよりも色々なところを体験したいね。どうだい、みんな」


 奈緒が両手を打ち合わせた。


「賛成!」


 俺もうなずいて賛意を示した。

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