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329海水浴場脅迫事件07

「ふむふむ」


「次に阿比留店長と川治さんも除外だ。キッチンで酷暑の中調理し続けている彼らに、金庫を奪う時間もゆとりもなかったはずだ。というか、そもそも金庫が自分のものである店長が、警察介入のリスクを取ってまで盗まれたフリをするとは思えない。従業員に給料を払いたくなかった、というならそもそも賃金を低く抑える権利を行使するはずだしね」


 俺は立ち上がると椅子に腰掛けた。空調が一番風を送る場所で、冷風に髪をなぶらせる。


「となると、犯人は資材搬入の中迫副店長か、マリングッズレンタルの多々良さんか、どちらかに絞られるな」


「うん。問題は脅しの手紙の投函だよ。海岸の警備が分厚くなることを承知した上での脅迫文なだけあって、店内でも地位の高い者――周辺の警備状況をつぶさに知ることが出来る中迫副店長こそが、その差出人であろうと推理される。副店長が資材搬入のために店内と外とを自由に行き来できる立場にあったこともこの思考を裏づけするね。一方多々良さんは、レンタル業務に忙殺されていた。カウンターの中に入る場面すらなかったんだ」


 犯人は、中迫副店長――。でも俺は釘を刺した。


「おい、証拠はあるのか? それだけじゃただの言いがかりに過ぎないぞ」


 純架は何かを思い出したかのように苦笑した。


「証拠も何も、中迫が隠しておいた金庫を運び出す現場をおさえたんだ。これ以上の証拠はないじゃないか」


 これには俺も度肝(どぎも)を抜かれた。


「何だって?」


 須崎の声が聞こえてきた。向こうの携帯電話はスピーカーモードらしい。


「日が暮れて、結局脅迫の犯人は見つからなかったとして、監視員やライフセーバーたちは客たちと共に続々と引き上げていった。がらんとした海岸で、海の家『ビッグパラソル』では、従業員たちが互いに疑い合いながらも、砂の掻き出しやシャワー・トイレ・レンタルグッズのメンテナンス等を行なった。そして雑用をすっかり済ませると、疲労困憊(こんぱい)(てい)で一人一人挨拶して引き上げていったんだ。もちろん警察は捜査をとっくに終え、全員引き上げている」


「それ、誰から聞いたんですか?」


「阿比留店長からだ。いまいましいことに、あの人は桐木にいたく感銘を受けていてな。海の家から帰宅する段になったところで俺たちに話してくれたんだ」


 俺は須崎が純架に嫉妬しているのがおかしかったが、もちろん笑いの発作は我慢してこらえた。須崎が続ける。


「辺りはもう真っ暗だ。そんな中、最後に残った中迫副店長が、一人周囲をうかがいながら、店外に設置されていた大きなタコのぬいぐるみにブルーシートをかけたんだ。そうして、まるで宝物を手にするように、タコの下から手提げ金庫を取り出した……」


「おおっ! そんなところに隠されていたんですね。大胆だな」


 純架の声が呆れている。


「だってそれ以外、安心して隠せる場所はないじゃないかね。後でこっそり持ち帰るのだから、当然指紋が着こうが何しようが問題じゃなかった。……まあとにかく、そこで物陰に隠れていた僕と須崎さんが、『そこまで!』と声をかけたんだ。それを合図に複数の懐中電灯の光が一斉に中迫に照射されてね。帰ったふりをしていた阿比留店長らと共に、僕らは走ってタコに――中迫に群がった」


 中迫の驚きといったら、半端じゃなかっただろうな。


「僕らは犯人が一人になるよう店員たちに協力してもらっていた。そしてタコを見張って隠れて待ち構えていたってわけさ」


「なるほど、それじゃ中迫も言い訳できないな」


「犯人を逮捕した僕らは、警察の室川さんに再度ご足労もらって身柄を引き渡した。その間に、店長は急いで金庫の鍵を開けたよ。売上金は1円も欠けることなく無事に収まっていたそうだ。あのときの阿比留店長の歓喜といったらなかったね」


 そうか、良かった。


「今さっき室川さんから聞いた話じゃ、中迫は市役所へ届いた脅迫文も自分が書いたと漏らしているらしい。これにて一件落着というわけさ。そして海の家の人々が今度こそ解散したので、現在僕らも帰宅の途上にあるというわけだね。……以上がこの事件の全貌だよ、楼路君」


 須崎は唾でも吐きたそうな口ぶりだ。


「全く中迫も人騒がせな奴だ。脅迫と威力業務妨害、窃盗未遂で臭い飯でも食らうがいい。……何にせよ、この天才高校生探偵にかかれば、この程度の事件など解決朝飯前だ。まあ桐木も多少成果をあげたと認めてやらないこともないがな」


 純架は俺と同時に苦笑した。


「ありがとうございます、須崎さん。じゃあ、もう切るね、楼路君」


「ああ、それじゃ。須崎さんもお達者で」


「言われるまでもない」


「お休みなさい」


 電話は切れた。俺はスマホを机に置くと、腕を組んで今日の出来事を最初から順番に回想する。


 そこへノックの音が聞こえてきた。


「おい、楼路。入るぞ」


「ああ」


 寝巻き姿の朱里がタオルを首にかけ、シャンプーのかぐわしい香りを漂わせる。


「風呂あいたぞ、楼路。……誰と話してたんだ? まさか桐木先輩か?」


「おお、良く分かったな」


 朱里はその場に腰を下ろした。あぐらをかいて要求する。


「聞かせてくれよ、楼路。結局この事件は何だったのさ?」


「それはな……」


 何となく目を輝かせている彼女に、俺はあらましを話してやるのだった。

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