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328海水浴場脅迫事件06

 俺と純架、須崎の三人は店外に出た。内部では今、指紋採取の段取りに入っているはずだ。俺はぶり返してきた暑熱に汗を掻き出した。


「なあ純架。さっき県警のおっさんに何を言ったんだ? 教えてくれよ」


 須崎が俺を小馬鹿にする。


「お前は尋ねるだけか。『探偵部』とやらの一員なら自分で考えろ」


「そうは言ってもですね……」


 純架が割り込んだ。


「つまりこういうことだよ。恐らく犯人は――あるいは犯人グループの一人である窃盗役は――手提げ金庫を店の繁盛のどさくさ紛れに盗み出した。しかし海の家『ビッグパラソル』から怪しまれることなく出て、目撃者を多数生み出すであろう海岸から離れるのは至難の技だ。金庫はそれだけ目立つのだからね。多分金庫は、何らかの方法で一時的に近場に隠されたかと思われる。そしてこの後、海から人がいなくなる夕暮れや夜中にかけて、こっそり取り出されて今度こそ運び出される――と考えられる」


 須崎が勝手に後を継いだ。


「金庫には鍵がかかっている。蓋を開けて中の現金だけを手にするというのは、海の家の客や従業員といった周囲の目もあるから、ちょっと現実的ではない。だからこそ金庫ごとさらったのだろう。後で無理矢理解錠して中身を手に入れるためにな」


 純架はうなずいた。


「そしてそれが可能だったのは、この建物と運営状況、そして監視カメラの撮影範囲に精通している、この海の家の従業員しかいない。つまり、多々良さんを含めた6人の誰かが、この犯罪を敢行したのだといえる。――とまあ、こんな話をしたんだよ」


 そうか、それで武老刑事はぎょっとしていたわけだ。純架が顎をつまんだ。


「須崎さん、やっぱりあの人ですね。犯人の可能性が一番あるのは」


 須崎は平手で両目に影を作る。


「俺もそうだと思う。つまり、……だな」


 肝心なところが、近くのスイカ割りでの掛け声に覆われた。納得してうなずく二人から、俺は疎外(そがい)された気になる。


「え? 聞き取れなかったんですが……」


 須崎は冷たかった。言語でもって突き放してくる。


「なら結構。お前もたまには推理してみろ。あの6人の中で、一番手提げ金庫を盗みやすかったのは、一体誰だ? 簡単だろ」


 うーん、予想はつくけど。でも……


「犯人が分かったのなら、なんで警察に言わなかったんですか?」


 須崎は一見関係ないことを話した。


「手提げ金庫全体に指紋がついている可能性は少ない。持ち運ぶための取っ手があったんだからな。そしてそこに付着したものなど、ハンカチか何かで拭えばすぐ取り去ることが出来る」


 彼はまだまだ泳いでいる利用客たちをまぶしそうに眺めやる。


「つまり、今手提げ金庫を発見しても、そこから犯人を断定出来る証拠を採取できる蓋然性は少ないというわけだ。ならば、犯人が金庫を直接取りに来るタイミングで現行犯逮捕するしかない。何しろ100万円という大金だ、必ず回収しに来るだろう。……分かったか?」


「いや、いまいち……」


 純架が俺に目配せした。すまなさそうにしている。


「楼路君、悪いけど『探偵部』メンバーに、今日はもう解散だと告げてくれたまえ。僕は須崎さんと協力して、犯人逮捕に全力を傾けるよ」


 俺は不平不満の(かたまり)となった。


「ちぇっ、雑用係かよ、俺は」


「ごめんね。今回は大勢で来られると困るんだ。じゃ、よろしく頼むね」




 誠のパラソルのもとに、純架を除く俺たち9名は集合する。俺は今までの経緯と純架の命令を全員に伝えた。


 奈緒が聞き返した。ここに来たときよりだいぶ日焼けしている。日焼け止めも追いつかない、今日の鋭い紫外線だった。


「えっ、犯人の狙いは海で泳ぐ人たちじゃなかったの?」


「ああ、それは陽動だったんだ。俺たちはここで帰宅、ということだ」


 奈緒は見るからに怒り出した。あまりの憤激に言葉に出来ず、宙に拳を打ち振るう。


「冗談でしょ? 私たちも逮捕を手伝うわ。このままじゃ一日中突っ立ってた苦労が報われないじゃないのよ!」


「そうは言ってもなあ……」


 英二も同調したが、こちらはやや控え目だ。部長の秘密主義に寛容をもって応える。


「何だ、ふざけやがって純架の奴。ふん、まあいい。帰るぞ、みんな」


 誠がパラソルを手にして立ち上がる。


「富士野、海の家は閉まっちまったようだけど、返却口は開いてるよな?」


「ああ」


「よし。じゃあちょっと返しに行って来る。それまで待ってろ、英二」


 結城が黒服たちにてきぱきと指示を出し、英二の荷物をまとめるよう命じる。それにしても黒服さん、暑くないのかな……


 真菜が残念そうに溜め息をついた。


「純架様、つれないですです……。でも、純架様の頼みなら断れませんです。あたしも帰りますです」


 日向が立ち上がった。女性陣をうながす。


「シャワーを浴びて更衣室で着替えましょう、皆さん。桐木さんの犯人逮捕というシャッターチャンスを逃すのは痛恨事ですが、部長の言うことですから」


 朱里は大きく背伸びすると、奈緒や真菜と共に日向の後についていく。振り向きざま言った。


「柳、結局かなづちのままだったな」


 健太は腹が空いたのか、手を腹部に当ててうなだれている。


「また来年頑張るよ」


 そして20分後、俺たち『探偵部』の面々は田場海岸から引き上げた。夕日が照り映える海は絶景で、来年もまた来たいと思わせる美しさだった。




 その晩、色々疲れてくたびれ切っていた俺は、どこにそんな余力が残っていたのかと思うほどの勢いでドアをノックされた。無論朱里だ。


「パパが夕食作ってくれたぞ。腹減ってるだろ、楼路」


「ああ、今行く」


 それにしても朱里の水着はきわどかったな、と回想しつつ、俺は自室を後にする。食卓では俺の到着を義父の富士野三郎(ふじの・さぶろう)と実母の富士野美津子(ふじの・みつこ)が、朱里と共に待ち受けていた。


 今日の晩飯は広東(かんとん)風チンジャオロースだ。白ご飯に良く合い、抜群に美味い。改めて三郎さんの料理の腕前を思い知らされた。


「海は楽しかったかい、楼路」


 三郎さんが壊れ物を扱うように、俺を下の名前で呼び捨てにする。……そうか、もう楼路君と三郎さんの呼び合いって関係でもないな。


 俺は義父に笑顔を閃かせた。


「うん、楽しかったよ、親父」


 親父は凄く嬉しそうに、赤ワインで口中を(うるお)わせる。お袋が相好を崩した。




 先に食べ終えた朱里が風呂に行き、俺は再び自室に引き取った。もうすっかり夜だ。今頃純架と須崎は何をやっているのだろう。ことは首尾よく運んだのだろうか。


 そこでスマホが鳴り響いた。手にしてみれば純架からの電話だ。俺は応答の表示を押す。


「よう、純架。どうなった?」


「全部終わったよ。今、須崎さんと田場海岸駅に帰る途中さ」


 俺は前傾姿勢で尋ねた。


「それで、誰が犯人だったんだ?」


「予想通りだったよ。……従業員6名のうち、まず除外されるのはホールの涼風さんだ。この海の家に出入りする客は多く、金庫盗難発覚時でも来店する人々に応対するので必死だった。とてもカウンターの中に入って金庫を持ち去る余裕はない。レジ打ちの松井さんはレジを離れられないのでこれも外れる」

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